Posted on 2014.11.15 by MUSICA編集部

さよなら、andymori――ラストライブ完全独占密着
日本武道館を駆け抜けた熱狂と歓喜の光、そのすべてを綴る

かけがえのない光が熱狂の中に弾けた夜――
2014年10月15日、日本武道館
「andymori ラストライブ」完全独占密着。
ロックバンドの純粋なる愛と光そのものだったバンドが
意志をもって自らの決着を着けにいった、
その最後の瞬間を、その軌跡をすべて綴るラストイシュー

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.14より掲載

 

 「俺は、俺達の音楽で、みんなの心を自由にしたいんです」―――これはファーストアルバムが世の中にリリースされる少し前、2008年の年末に初めて彼らに取材をした時に、壮平が言った言葉だ。それから5年後、彼らが解散を決めた時のインタヴューで「一番最初のインタヴューでこんなことを言ってたよ」という話をしたら、壮平は「そのワードは本当にあの頃の俺っぽいね(笑)。自分がスペシャルなんだって思いたかった頃の俺っていうかさ」と少し恥ずかしそうに笑っていたけれど、でもやっぱり、一番最初に私達の前に現れた瞬間から武道館のあの最後の瞬間までずっと、andymoriは「心を自由にしたい」と願い続け、そして実際にそういう音楽を鳴らし続けたバンドだった。厳密に言えば、「みんなの心を」というよりも、他ならぬ自分自身の心を自由に解き放ちたいと誰よりも願い、そのために音楽を求め、音楽を生み出し、音楽を鳴らし続けたバンドであり、そして結果的にそうして生まれた音楽が聴き手の心を自由にしていくバンド――andymoriは最初から最後まで、そういうバンドであり続けた。

 

 2014年10月15日(水)、日本武道館で行われた「andymori ラストライブ」をもって、andymoriが解散した。今度こそ本当にandymori最後の1日となったこの日の一部始終を、彼らの7年間にわたる軌跡を振り返りながら綴っていきたいと思う。

 

 生憎の雨が降りしきる中、私はメンバーよりもだいぶ早く、12時過ぎに日本武道館に到着。ほのかに漂う金木犀の香りに、すでに夏は過ぎ去り、次の季節が訪れていることを感じる。

 正面入口を見上げると、そこには黄色の地に墨文字で「andymori ラストライブ 2014.10.15 日本武道館」と書かれた看板が掲げられていた。<中略>この時点ですでに、外には物販の開始を待つたくさんのファンが集まっていて、時計塔のところに飾られたandymoriの大きなフラッグ――7月のZepp Tokyoの際にファンがバンドへのメッセージを書き込んだものだ――を見つめる人の姿も多く見られた。

 メンバーが到着するまでの間、しばらく会場の中を見て回る。前日の夜中からステージ設営と準備が行われた場内では、PAチームと照明チームがテストを繰り返していた。今はまだガランとした場内に、キラキラとした青い光が美しく舞っている。数時間後にはここに大勢の人が詰めかけ、andymoriの最後の音楽が鳴り響くのだ。

 

  13時30分を少し回った頃、メンバーを乗せたバンドワゴンが楽屋口に到着。中から壮平、寛、健二の3人が、笑顔で降りてきた。車は正面入口の前を通って楽屋口に入ってきたから、外で待っている多くのファンの様子や前述した看板が見えたのだろう。壮平が「なんか凄いね」と少しだけ興奮気味に言って、みんなで場内に向かった。

 楽屋に入って荷物を置いた後、何はともあれ、まずはステージへと向かう。

 彼らにとって初めての武道館にして、andymoriとして音楽を歌い鳴らす最後のステージに、この日初めて3人が立った。壮平はローディーさんとギターの持ち替えについて軽く確認会をしたり、健二は早速ドラムを叩いたり、寛は「なんか不思議な感じだね」と笑みを浮かべながら、それぞれにステージ上を歩き回り、場内を見渡している。

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text by 有泉智子

『MUSICA12月号 Vol.92』