Posted on 2015.08.18 by MUSICA編集部

UNISON SQUARE GARDEN、
10年の歩みと特異なるバンド哲学を田淵と徹底討論

僕自身がUNISON SQUARE GARDENの客として、
「より多くのCDを売るためには」みたいな会議をしてるバンドは見たくない。
それでここまでの人に見られるようになったなら、
「楽しそうなプチおっさん」ってところは譲っちゃいけないと思う

『MUSICA 9月号 Vol.101』P.54より掲載

 

■インタヴュー、5年半ぶりだね。よろしくお願いします。

「空いたなぁ(笑)。よろしくお願いします!」

■まずは先日(7月24日)の武道館、素晴らしいライヴでした。本当に心から感動したし、心から感動した中の多くの部分で「あのお客さんがついてるバンドは強い」と思ったんですよ。

「ありがとうございます。……まあ、確かにここまでも、『ファンが悲しい思いしないように』っていう神経は払ってやってきましたけどね。でも、別に今ついてるファンが10年後にいるかどうかは、実際にやっていかないとわからないことだし、自分の中ではそれくらいなんですけど」

■「ファンが悲しい思いをしないように」っていうのはどういうこと?

「たとえば、今回のアルバムの数字とか、タイアップでちょっと有名になったのとかって、最終的にずっとファンでいる人からしたら関係ないじゃないですか? やっぱり、いつかいなくなるファンと最後まで残ってるファンの2通りって考えると――『こいつらのライヴは楽しい』とか『このバンド好きな俺でよかった』っていう想いがつまり、『俺達、このバンドに裏切られなかった』っていう実感になっていくと思うんですよ。で、僕らはいろんな階段を上る瞬間を経験してきたし、それは嬉しいことだけど、そこで僕らが『上ったな』って満足してやり方を変えたら、僕らのホームだったAXの頃から来てくれてたお客さん達の気持ちさえ醒めちゃうじゃないですか。そういう意味で、ファンを増やす努力というより、減らさない努力をしてきたんですよ。それを言葉とかの面じゃなくて、ライヴのやり方、セットリストの組み方、アルバムの作り方とかの面でやれてこられたんで、ラッキーなことに上手くいったのかなぁとは思いますけどね」

■振り返ると、音楽の作り方にも、今話したようなことが貫かれてると思う? 10年このバンドをやってきた中で、この5年の間には震災もあったし、周囲の景色も変わっていっただろうし。その中ではどうだったの?

「数字が出たり、それこそ震災があったりしても、別にやることは変わらなかったですよ。作りたい音楽も同じで、他の人に比べて変わんなかった自覚はあって。これは皮肉でもなんでもなく、震災に限らず、周りで結婚する人とかも含めて『人ってこんなに変われるんだ』ってことを対岸で見ながら、『僕は何が起きても変わんねぇな』って思ってた。やっぱり変わることによって裏切っちゃうファンも出てくるし、震災後に何か変えるとか、そこは僕がやらなくてもいいなっていう気持ちもあって。だって大衆を背負ってるわけじゃないし、日本の期待を背負ってるわけでもないから。そう考えると、今も昔も『責任を取らなくていい位置』にいられるのは強いかな。『UNISONがCDを出さなきゃ音楽史は終わりだ』みたいになってたら話は別だけど、現実そうじゃないわけですよ。逆に言うと、そのスタンスだからCD買ってライヴに来てくれる人がいるんだと思いますし」

■たとえばソングライティングの話で、外からのきっかけやネタが欲しい!となるとするじゃない。それこそ人によっては、タイアップっていうヒントがもらえたら助かるっていう場合もあるとは思うんだよね。それはライヴにしてもそうで――今の時代は、フェスとかイベントでステージを上げていくことで、自分達の価値を見出していく人達もいるじゃない? でも、今の話、そして曲そのものを聴いていて、田淵くんはそういう外的要因を必要としない人なのかなって思うんだよね。

「まあ……タイアップはありがたいですけどね? めちゃくちゃヒントになるし、そういう外的要因でモノを作るっていうのはソングライティングに関してもなくはないんですけど。ただ、たとえば『のど飴のCMの曲作ってください』って言われた時に、♪声が枯れた時には~みたいなタイアップに寄せたものを作ったらみんな嫌がるでしょ? そのバランス感覚は、何をやる時もしっかりしてなきゃ、とは思っていて」

■でも実は、タイアップが便利だっていう発想もあるわけですよ。♪声が枯れた時には~っていうのに合わせたメロディを作って、「タイアップだから今回は」っていう理由で裏切れるっていう発想もあるわけじゃない。

「確かにそういう発想もありますよね。でも、そこでちゃんとタイアップ先を満足させる歌詞――たとえば<声が枯れるまで歌えばいい>っていう歌詞にしちゃえば、両方が満足できるじゃないですか。そこに関しての頭の捻り方みたいなのはあるんで、そういう回路を持ってる人間でよかったなって思うかなぁ。やり始めた時は『どれぐらいのバランスでいったらいいのか』って考えることもあったけど、最終的には自分で納得がいったものが、今までのファンからもタイアップ先からも愛してもらえるものになってきたと思うしね。で、ライヴに関しては……さっき言ってくれた外的要因で言うと、フェスで勝ち上がるみたいな発想は個人的にはないんだよなぁ。むしろ、そういう考え方は間違ってると思っちゃう。僕らは大勢を盛り上げるためにやってるバンドじゃないし、なんなら、そんな多くの人の前でやるのはおこがましいんです。ここ数年、大衆の期待を背負って頑張る才能があるバンドもいますけど――去年・今年だったら、僕の中ではSEKAI NO OWARIが象徴的なんですけど、あそこまで1年テレビ出て、最後に『Tree』っていうとんでもないアルバムを出せるのって、よほどの神経がないとできないと思う。僕にはそういう才能ないと思うし、何より、僕がUNISONのファンだったら、そういうUNISONは見たくないから」

■今田淵くんが話してくれた中には「僕達はファンのためにそれをやっちゃいけない」っていうのとともに、「僕達はそこまで背負わないし、そこまで背負う音楽をやってるわけでもない」って意味もあるよね? この前の武道館でもそういうMCをされてたと思うんですけど。ただ、あなたの曲は今の時代に50万枚売れてもなんの不思議もないと僕は思うんですよ。

「まぁ、結果としてそれぐらい売れたら嬉しいですけど……ただ、今までのどこかで、それくらいの位置まで行きたい!っていう欲はなくなったんだよなぁ。EDMでもないし、ロックバンドでいい音を聴かせていくには、まずキャパシティ的な限界がそもそもあって。言ってみれば2000キャパぐらいのホールが限界だと思うんです。そういう意味では、これからUNISONの音楽に引っかかってくれる人達が一番いい形で体験できるようなところに僕達がいないと、その子達がかわいそうなんですよね。たとえばファンも歳をとるわけで、10年のうちに結婚して子供が生まれて、『1年に1回しかライヴに行けない、でもUNISONのライヴには行きたい』っていう人にもちゃんと場所を作るのが僕らみたいなバンドの役目だと思ってて。だから『大衆の期待を背負うのは面倒くさい』っていう理由もあるけど、僕らみたいなのがいないと、ロックバンドっていう時代遅れなカテゴリーは続かなくなっちゃうと思うんです。……でもね、最近のバンドには『音楽じゃないところでなんとかして盛り上げる』っていうやり方を発見しちゃった人もいるでしょ。あれは絶対よくないと思ってて――」

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text by鹿野 淳

『MUSICA9月号 Vol.101』