Posted on 2015.09.15 by MUSICA編集部

パスピエ、音楽の真髄と秘境と妄想を具現化した
会心のアルバム『娑婆ラバ』完成
大胡田なつきと成田ハネダ、
ふたつの視線からその確信と魔法を紐解く

ネットとかライヴってむしろ、
凄く限られてる空間だと思うんです。
僕は唯一解放される瞬間って、曲を聴いてる時間だと思ってるんですよ

『MUSICA 10月号 Vol.102』P.184より掲載

 

Interview with 成田ハネダ

 

■メジャー3枚目のアルバムが出ました。1枚目も2枚目も素晴らしかったけど、今回の『娑婆ラバ』は、また新しい名作が生まれたと思いました。

「おっ、ありがとうございます」

■まず、成田にとって「娑婆」ってなんなの?

「今回、初めての試みがいくつかありまして。それはシングルの“トキノワ”と“裏の裏”がタイアップだったっていうこともありますし、12月に武道館が控えてるっていうのもあると思うんですけど。最近は、自分の好き勝手に音楽をやって、ライヴをやったりリリースをさせてもらうようになってきたんですけど、実は言うほど外のことを意識してこなかったんですね。それこそフェスっていうものに向けてどういうアプローチをしていくかとかは考えてるんですけど、制作の部分において、外に目を向けられてない部分があったので、今作は『パスピエをより知ってもらうには』っていうところを意識したかもしれないです。『演出家出演』(1stアルバム)から遡ると、あの時はライヴシーンでパスピエをどう見せるかっていうところで、外を意識するっていうよりは、『こういうことやったら面白いんじゃないか』みたいな根拠のない想像を体現していってたんですけど」

■それが大胡田さんの書くイラストとか、姿を見せないでみんなに面白がってもらうっていうところだったんだよね。でも、その「面白がってもらえる」っていうところが音楽になってくると、ある意味作曲家であり総合リーダーである成田の主戦場になってくるわけだけど、そこはどういうふうに考えながら『演出家出演』の頃は作っていったんですか?

「そこはね、世の中の無尽蔵にアガるアッパーソングに対するパスピエなりのアプローチっていうことで作っていったんですよね。そして『パスピエがアッパーソングを作るとしたら』っていう仮定で作ったのが、“S.S”や“フィーバー”っていう曲達なんです」

■初期の代表曲だよね。バンドの初期の頃からそういうことを考えていたんだ。

「一番最初に出した『ONOMIMONO』っていうミニアルバムの時もそうなんですけど、『演出家出演』よりも前の段階は、打とうとしてるところに響かないっていう葛藤がずっとあったんですよね。インディの時は自己満を突き詰めてそれを具現化していったんですけど、メジャーになった時に『それだけじゃいかんぞ』っていうことに気づいて、『演出家出演』っていうアルバムを作ったんです。でも『演出家出演』って、自分の中では自分のアザーサイドで、『こうだったらパスピエは面白くなるんじゃないか』って仮定した、仮想世界みたいなものを表現したアルバムだったんです。そこでお客さんやリスナーが増えた喜びもあったんですけど、一方で自分の仮想世界のほうで得た実績に対しての疑問みたいなところがあって。なので、自分のクリエイティヴの部分を保つために、『幕の内ISM』(2ndアルバム)はインナーワールドに特化した作品にしたんですね。『演出家出演』でパスピエを知ってくれた人のためにも、改めてパスピエの人間性、内面性を自己紹介しなきゃいけないんじゃないかと思って」

■今の話って、『演出家出演』の頃は自分を出していっても成功しないと思ったからこそ、自分を上手く武装させたクローン的な音楽を使ったら、ポップになるんじゃないかと思ったってこと?

「そうですね。ポップというよりは、今のバンドシーンに対してなんですけど」

■そして、そのクローンを使ったらひとつ着地が見えた、と。そうしたら、今度はそのクローンに血を通わせるのが大事なんじゃないかと思ったのが『幕の内ISM』っていう?

「そうですそうです。『幕の内ISM』の時は『この作品がたくさんの人に届けばいいな』と思ったりもしましたけど、それよりも『演出家出演』でパスピエを知ってもらった人に、パスピエの内側を知ってもらいたいみたいな気持ちのほうが大きかったかもしれないです。で、リリースしてツアーを回った段階で『幕の内ISM』 のモードは昇華したんですよね。そして、今回の『娑婆ラバ』のタームになってなった時に、パスピエファンだったりパスピエリスナーに対する自分達なりの表現っていうのがある程度完結した部分もあり――」

■2枚のアルバムで表と裏を作った、と。

「じゃあ、今度は外に足を伸ばしてみようってイメージですかね、『娑婆』というのは」

■このアルバムに至る過程では、シングルの『トキノワ』と『裏の裏』でインタヴューをやらせていただいてて。僕は『トキノワ』のインタヴューの時に「七三分け」という言葉を使って、7がポップさで3がコアな欲望っていう割合だと話をしたんですけど。成田の中では、そこでタイアップも含めて世の中(=娑婆)に出ていこうとした時に、どういうふうにここまでのシングルに至ったの?

「結果的に正しかったかどうかはこの先になってみないとわかんないですけど、“トキノワ”の時も“裏の裏”の時も、パスピエが進もうとしてる道とパスピエがやってきたことを1曲の中で表現しないといけないなって漠然と思ったんですよね。でも、タイアップだと1コーラスしか流れないんで、パスピエのことを知って欲しいって思いながらも、1コーラスだと全然収まり切らなくて(笑)」

■それはクラシックをやってきた成田の音楽性の本質でもあり、問題でもあると思うんだけど。

「まさにそうですね(笑)。ずっとクラシックをやってて、1曲30分みたいなところを主戦場にしてやってきたので。で、“トキノワ”がアニメでも流れ始めて、そこから“裏の裏”に着手し始めたんですけど、そのぐらいからアルバムに向かっていく作品作りをしようと思ったんですね。“贅沢ないいわけ”と“トキノワ”で、パスピエとしては初めてぐらいポップな曲を表に出していくっていうことをやっていって。でも、そこで『パスピエってなんぞや?』って思った時に、『直球ポップスバンドではないぞ』って思い始めて。そこからアルバムの曲達が密度の濃いものを担ってきて、アルバムに繋ぐためにも“裏の裏”という曲を出しておこうと思ったんです」

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text by鹿野 淳

『MUSICA10月号 Vol.102』