Posted on 2016.05.17 by MUSICA編集部

ストレイテナー、紛うことなき最高傑作『COLD DISC』リリース!
静かに滾る熱と確信をホリエアツシが語る

僕は今まで「死にたい」って思ったことが一度もなくて。
そんな自分が「あぁ、今は絶対に死にたくない」って思ったのは、
自分の作品を生み出すことに人生を懸けられるようになったってことなのかな

『MUSICA 6月号 Vol.110』P.42より掲載

 

■本当に素晴らしい作品−−−−名実共にロック界の最高傑作だと思います。

「うわっ。でもわざわざ留守電いただきましたもんね(笑)」

■あはは、ホリエくんがぶらりと旅情に浸っているところに、無駄に熱い留守電を残しちゃいましたね。

「はははははははは、凄く嬉しかったです、あれ。着信見て『あ、鹿野さんかぁ。VIVA LA ROCKで何かやってくれっていうお願いかな?』と思ったんですけど(笑)、全然違った」

■あははははははは。

「まさかのお褒めの言葉だったんで、こっちもビックリしましたよ(笑)。でも、嬉しかったなぁ」

■ご自分の中ではこの傑作(『COLD DISC』)を作って、今、どういう感触がありますか?

「なんですかね……かなり健康的なアルバムだなと(笑)」

■えっと…………何だそれ(笑)。

「過去最高に健康的なアルバムなんですよ」

■それはスムーズに作れたってことで「健康的」って意味なの?

「いや、実は今回って自分の影の部分を出さずに全部の曲が作れたんです。……自分の力をどこまで出せるかってところに今回はテーマがあったんですけど、出すべきものが出せたなって満足感もありますし、そういうすっきりした気持ちで作る切れることって、ほとんどないんですよね」

■凄くストレイテナーの作品だと思うし、ホリエアツシの世界だと思うんですよね。それが健康的な−−−−つまりは、内面をえぐり出したりしないでも自然と湧き出たのはどういうことなんでしょうね?

「…………『ロックアーティスト』ってやっぱり、『内』に入って誰にも理解できないような秘めたものを音楽なり作品にぶつけていくものだと根本的には思うし、実際、自分もそうありたいって思っていた時期もあって。……だけど、今は精神的にも『ロックアーティスト』っていうより『ミュージシャン』っていう部分に自分の重心があるんですよ。なので、自分のエゴに浸るんじゃなく、そのもっと先に届くような曲を作ろうっていうふうに思えていて。そういう状態でシングル~アルバムに向かっていけたんです。特に“NO ~命の跡に咲いた花~”辺りからですかね、音楽家としてどんどん自分の状態を上へ持っていけているような手応えを感じ始めていて。それが自分の中では『健康的だな』って思っているんです」

■「ロック」っていうスタイルの中で自分達を表現していくことは、化学反応っていう名のケミストリーを起こさないといけないってことと格闘してきたことで。でも、そうじゃなくて自分のありのままを音楽に封じ込めるってことができた結果、健康的な作品になったと?

「うん、まさしくそうですね」

■それを僕なりに解釈すると、ホリエくんとバンドが「感動」というものから逃げなくなったんじゃないかなと思っていて。感動とか直情に対するニヒリズムがなくなっていった結果、この作品が素晴らしいアルバムになったんじゃないかなって思うんですけど。

「あぁ、そうかもしれないですね。複雑化することが美徳だって思っていた時もあったんです。だけど、今はシンプルで純粋な姿−−−−誰にも染まってないし、誰にも作れないものがカッコいいし美しいなって思えるようになって。元々、周りに流されないとか、なびかないっていうのが自分のモットーだったりもするんで。それを初期の“ROCKSTEADY”って曲では『情に流されずに僕は前に突き進むんだ』ってことを比喩的に『旅人』だったり『冒険者』ってものに重ねて歌ってきたんです。だけど、今はもっとリアルな人間としてそういうことを伝えていかなきゃなと思っているし、目の前にいる人に対してもそれを伝えていかなきゃなって思ってますね」

■それって表現者としてはかなり大きな変化だと思うんですけど、キッカケみたいなものは何かホリエくんの中であったんですか?

「いろんな要因が重なっているとは思うんですけどね。僕は自分が好きな人に対しては心を開いていきますけど、初めて会った人とかに心を開いていくのって難しいし、それが必要とはされずに生きてこれたし、自分達の周りには本当に好きな人達しかいない環境で音楽活動ができているんで。………でもやっぱり、東日本の震災の時に今まで関わってこなかった人達とも関わって力を出し合っていかないと解決できなかったり、どうしようもない事態があって。そこで出会った人達って、あんなことが起きなかったら出会わなかったかもしれなかったわけで。でも、そういう人達と心の交流をしていると、『それ以前』と『それ以降』の自分ではかなり大きな変化があるなって思うんですよね」

■今、話してくれたことが具体的に自分の作る音楽−−−−作詞なのか作曲なのかにどういうふうに影響を及ぼしたんですか?

「震災後最初は『気を遣う』というか。……言葉選びもそうだし、音楽を作ることにしてもステージに上がるってこと、全部の面において気を遣わなきゃいけないって意識があったんですけど、それが『本来こうあるべきだったのかな』っていうふうに変わってきて。そういうふうに変わることって、昔は凄く内省的なスタンスでやってたから……ライヴでMCしなかったりアンコールをやらなかったバンドが急にニコニコしながらハンドクラップを煽ったりしたら、『あれ?コイツら変わったな』ってなるじゃないですか? でもそういうのも恥ずかしくないなぁって思うんです。変わっていくことは当たり前だなと思って。だから、ここで一気に変わっちゃっていいなって(笑)。もちろん、変わらないものもあるんですけどね」

■今の話を「外的要因」と位置づけましょう。すると、震災が起こった2年後(2013年)に10周年を迎えてますよね。自分達のキャリアとして、ここまで積み重ねてきた確信だとか自信も含めて、そういう気持ちになれたし、それを音楽に表せるようになったこともあったりするんですか?

「ありますね。こんなにも続けてこれたことは確実に関係があると思います。あとは10周年のツアーで全都道府県を周った時に、なんかいつものツアーとは違う感じがして。………何年か振りにストレイテナーのライヴに来てくれて、その間に結婚して子供ができたお客さんがいたりしたんですよ。小さいライヴハウスとかだとガンガンそういう声がフロアから届いてきて『あ、本当に?』みたいなのがあったんです。……10年続けてきたことが間違ってなかったっていう気持ちと、これだけ想ってもらえてるっていう実感も得ることができて。逆に自分達がファンのこと想えていなかった時期もあったりしたんですけど、そういう時代を経てもまだ、こうして愛されているんだなってわかって。そうやって自分とは少し離れたところに『ストレイテナー』ってバンドがある感覚って『いいなぁ、羨ましいな』って(笑)。その頃からバンドの内側−−−−メンバー同士も凄く素直にいろいろと言い合えるようになったんです」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA6月号 Vol.110』