Posted on 2016.06.17 by MUSICA編集部

BOOM BOOM SATELLITES、
音楽と対峙し続けた彼らの最終章、
『LAY YOUR HANDS ON ME』。
川島、中野両名の言葉をここにおくる

Interview with 中野雅之

僕の川島という人間への興味はこの音楽において大きかった。
何があっても諦めてしまわずに、お互いを共有し、
共感するということに挑戦し続けたんです

『MUSICA 7月号 Vol.111』より掲載

 

■本当に素晴らしい作品だと思います。昨年11月にインタヴューをした際(MUSICA1月号掲載)、中野さんは「僕達は今、答えを出そうとしてる」と話してくれましたけど、その言葉通り、BOOM BOOM SATELLITESが音楽を通して追い求めてきたものやメッセージがもの凄く純度高く結晶化しているし、これ以上ない最高の到達点に達している作品で。最後の作品であるという感慨を排除しても、純粋に音楽作品として素晴らしいものが生まれたなと心から感動しました。

「自分でもそう思います。作品に関してはそんなにたくさん言わなきゃいけないこともないぐらい、満足してます。制作のプロセスにおいては語り尽くせないぐらいのもの凄くいろんなことがあったけど、でき上がったものに関しては、制作過程の大変さはあまり感じさせない、ちゃんと僕らが目指していたものができたっていう感覚があります」

■BOOM BOOM SATELLITESとして鳴らしたかった音楽とメッセージを、この作品の中で100%語り尽くせたという実感がある。

「はい。結果的に4曲、20分強ぐらいだけど、フルアルバムを作るよりも明快なものができているような気もするし。バンドとしての佇まいとか、僕達の美意識みたいなものとか、そういうものが楽曲にもサウンドデザインにも隅々にまでわたって行き届いている感じがしていて。ここまで全部を自分達の手でやってきてよかったなって思えてます。僕達はずっと川島くんと僕のほぼふたりだけで、セルフプロデュース、セルフエンジニアリングで音楽を作ってきたわけですけど。ドラマーを呼んだりしたことはあっても、基本的にはプロダクションのすべてを自分達の責任で動かして、判断してっていうことを繰り返しながら9枚のアルバムを作ってきたから。それって凄く珍しいケースなんですよね」

■バンドとしては世界的に見てもほぼ例がないくらい、稀な在り方だと思います。

「プロデューサーを替えたり、エンジニア含め制作環境を変えたりしながら、アルバムごとの変化とか成長を見せていくのが一般的なバンドの運営の仕方というか、活動とか歴史の積み重ね方だと思うんだけど。それを一切変えないでやっていくことに時々迷いがあったりもしたんですけど。20年近くやってる間にそういうことが頭をよぎったことは何度かある。でも、やっぱり諦めないでやってきてよかったなと、今改めて思いますね。自分達の手を動かすことで歴史を重ねてきたことで、自分達の軌跡っていうものが一番わかりやすい形で残せたと思うし、最後この作品をやり切れたのも、これまで途中で諦めなかったからっていうのがあると思う。だから制作はもの凄く大変だったけど、客観性を失わないで最後まで作り上げることができた。……こういう状況で人の手を借りずに音楽制作をするっていうのは、とてもエゴイスティックになる危険性もあったと思うんです。でもその中で常に冷静に立ち振る舞う――毎日毎日曲と向き合って少しずつ手を加えていく中で、音楽を見失わないようにすることはとても集中力がいるし、緊張感のある毎日だったんだけど」

■精神的にも非常にタフな作業ですよね。

「そうです。本当に、後にも先にもこんなエクストリームな状況下で音楽制作をすることはないっていうぐらいの日々だったけど。でもさっき言ったように、そういう大変さはこの作品を聴く上では感じることはないと思うから……だから、やり切ったと思う。ファンがこれを冷静な状態で聴くっていうことはなかなか難しいと思うんだけど、たとえば1年後とか10年後とか、川島くんの境遇がふと頭から忘れ去った状態の時に聴いてくれたら、きっとこの音楽の力みたいなものはちゃんとわかってもらえると思う」

■きっとそれは目指したところでもありますよね。10年後、20年後、あるいは100年後、もうBOOM BOOM SATELLITESというバンドのドラマや思い出が人の記憶から失われた後でも、この音楽は変わることなく人に強く訴えかけていくものだっていう。

「うん。そう思って作ってきたし、そう願っているということです。で、実際それだけのものが作れたと思う」

(続きは本誌をチェック!

text by有泉智子

『MUSICA7月号 Vol.111』