Posted on 2017.01.17 by MUSICA編集部

SKY-HI、会心の新作『OLIVE』リリース。
生粋のエンターテイナーの核を解き明かす

ルサンチマンに走りたくない。
この時代に生きた人間の生きた言葉の
メッセージとしての自分の最適解を、
最適な音楽に乗せて作りたかった

『MUSICA 2月号 Vol.118』P.60より掲載

 

■この1年間がどれだけ濃密で、この1年間でどれだけ自分の中で進化と変化が起こったかっていうことが、素晴らしくも目覚ましくダイレクトに出てるアルバムですね。

「まさにそうだと思います、そんな気がします!」

■まずタイトルの『OLIVE』っていうのは、僕はポパイ、あなたはオリーブっていう意味の『OLIVE』なんですか? それとも果実のほうですか?

「いろいろありまして(笑)。導かれて出たって最近言うようにしてるんですけど。まず最初に入れたい要素がいろいろあって。『カタルシス』が完成するかしないかぐらいの時に、死を語ることをやった『カタルシス』の次は、ちゃんと生きることに向き合いたいなと思ってたんですけど」

■あっ、そっか! これ、「オーLIVE」なんだ。

「そうっす(笑)。LIVEを入れたくて。死ぬことに思いっきし向き合うことによってポジティヴに転ずるみたいな、『死にたい』が『生きててよかった』に変わるみたいなことを唱えてたのが『カタルシス』だったんですけど、死ぬことに凄く向き合ったから、次は生きることにちゃんと寄り添おうと思って、LIVEが絶対に入ってるタイトルじゃないと嫌で。でも『ALIVE』とか『RELIVE』とかはさすがに……みたいな感じでずっと止めてて。一応『RELIVE』とかは入れてたんですけど、『仮RELIVE』とか『仮RE IN CARNATION』って呼んでたんです。それと同時進行で、ジャケのイメージだけがずっとあって。『カタルシス』は東京を上から見てたんですけど、その東京の真ん中で無機物のコンクリートの中から有機物の木がボーンとか、そういうものがいいなと思ってて。その木みたいなものがタイトルだったらいいのにと思って、LIVEが入ってる植物なんてあるかなって考えたらOLIVEがあるなと思って。いろいろ線がつながったのは、オリーヴは元々いいイメージしかなかったけど、ノアの箱舟のあれ(洪水が起きた時に方舟から放たれてオリーヴの葉を加えて地に戻ってきた鳩が平和の象徴として旧約聖書の中で扱われている)もオリーヴだし、あと俺が凄い好きな逸話は、アテネの女神の化身でパルテノン神殿の脇にデカいオリーヴの木があって。それはペルシャ兵が何回燃やしても次の日には蘇ってたっていう、そんなバカなっていう話(笑)。でもそういう再生のモチーフだったり。あと平和、優しさ、勝利、いいことしかなかったから。オリンピックの冠もオリーヴだし。これは素晴らしい、繋がったと思った」

■なるほど。その――。

「あともうひとつあるんで話してもいいですか?」

■失礼しました(笑)。

「自分が歌うことって、生きること、死ぬこと、愛すること、闘うことくらいだったんですけど、死ぬから生きるの『カタルシス』じゃないから、生きることに常に寄り添うっていうのは、たぶんすべてを愛する必要があると思ってたから、LIVEと同時にLOVEも仕込まれてないと嫌だなと思ってたんですけど。『OLIVE』は『I LOVE』のアナグラムにもなるから、愛もあるしLIVEもいるし、もう絶対に『OLIVE』しかないと思って。いろんな線をひと言で表すと『OLIVE』っていうのが、最終的にギリギリで落っこちてきてくれて」

■実はオリーヴって日本で栽培するのはもの凄く難しくて。ざっくり言うと日本は湿度が高過ぎてオリーヴ栽培がほとんど失敗するんだよね。

「そうですよね、それこそ原産地がギリシアですもんね」

■そう、エーゲ海とかカラッカラで塩気もある場所で育つものだから。日本だと小豆島とか数少ない場所だけがそれに当てはまるわけで。つまり、日本はウェットだからダメになったっていう。

「なるほど!」

■ある意味、このアルバムが『OLIVE』というタイトルであることを象徴してるなと思ったんですよ。

「凄い! 確かに音の質感も全体的にカラッとしてますしね」

■前回がDEATHで今回がLIVEみたいな構想って、この1年間の自分にとってのリアリティーでもあったんですか?

「そうですね。まず『カタルシス』が箸にも棒にもかからなかったら、音楽との向き合い方そのものを変えようと思ってたから。たとえばほんとにエイジアントラップしか作らないとかね(笑)。自分の才能のうち、一番大きくなる可能性があると思って育ててた才能だったから、それが『いやいや、そんな木は無理ですよ』ってなったら違う木も育てなきゃいけないっていうのが1個あったんですけど。それクリアしたとして、『カタルシス』の次にもう1回、自分の中で一番大きくなるだろうと思った木を育てようとした時に、LIVEが絶対ないといけない。生きること、再生すること、死を語るところから蘇生することを歌おうとは思ってたんですけど、そのLIVEにLOVEがついてきたのはこの1年の話で。『カタルシス』以降にMUSICAや鹿野さんが先頭切って風向きを変えてくれたり、いろいろなことがなかったら、同じ生きるを語るでも、『生きるとは愛することだ』ではなく、『生きるとは闘うことだ』ってもう1回シリアスになった可能性は全然あります。それでもなんとかポップに仕上げようとは頑張ったんだろうけど、よい悪いではなく、人生的に今、愛にあふれたものができたっていうのは、しかもあんまり無責任にならずにちゃんと向き合えたっていうのは、よかったです」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA2月号 Vol.118』