Posted on 2017.12.18 by MUSICA編集部

OGRE YOU ASSHOLEとD.A.N.、初のタッグツアー
「Optimo」実現。カウンター精神を持って
独自の秘境を突き進む両者のクロストークをここに

何にも属さず、何にも依存せず、そして何にも臆することなく
己の音楽的好奇心と信念を持って音のけもの道を切り開く
そんなバンド達によって今この国のシーンは多様性を増している、
その中でも傑出した存在たるOGRE YOU ASSHOLEとD.A.N.による
タッグツアー「Optimo」。両バンドのクロストークからその意義を探る

『MUSICA 1月号 Vol.129』より引用

■まずはそもそも、この2バンドでタッグツアーを行うことになった背景にはどんな経緯とどんな想いがあったんですか?

出戸学(OGRE YOU ASSHOLE)「『D.A.N.とOGREは一緒にやったほうがいい』っていうのは周りからずっと言われてて。もちろんD.A.N.のことは好きだったし、D.A.N.もOGREのことが好きだっていうのを薄っすら聞いていたんで、いずれ一緒にやるんだろうなとは思ってたんですよね。で、ある時、僕らを担当してくれてるイベンタースタッフから『単なる2マンで1回やるよりも、せっかくならツアーがいいんじゃないですか?』って言われて、それは面白そうだなと思って」

■D.A.N.はOGREへのリスペクトを公言してますけど、実際対バンしてどう感じました?

市川仁也(D.A.N.)「もうOGREのライヴが凄まじ過ぎて……元々僕らは昔からOGREを聴いてて、ライヴも観に行ってたんですよ。だからD.A.N.を始めた時から『いつかOGREとできたらいいね』って話もしてたし、マネージャーからも『やってみてもいいんじゃない?』って言われてたんですけど、ずっと『いや、まだ早いです』って言ってて。まだ足元にも及ばないと思ってたんで」

出戸「いやいや、どんだけ謙虚なんですか(笑)」

市川「でも今回こういう話をもらって、さすがにこれは断れないと思ったし、僕らもそれなりにライヴを積んできてたんでやろうってことになったんですけど……でも正直、OGREのライヴが凄まじ過ぎて、壁は高いってことを痛感しました」

櫻木大悟(D.A.N.)「僕らにとってOGREは、日本でも数少ない、本当に心からカッコいいと思える尊敬してるバンドなので。だからこのツアーはどの公演も日々勉強って感じでしたし、自分達としてはこの経験を活かしてなるたけ早くレベルアップをしていきたいと凄く思ってるとこですね」

川上輝(D.A.N.)「ほんと、日々勉強だったよね」

■OGREは一番最初のインディーズ時代は邦楽ギターロックバンド・シーンみたいなところにカテゴライズされてたのが、その後どんどん先鋭化して独自の道を歩いていくようになって。そこに意識的になったのはいつ頃からだったんですか?

出戸「『homely』からじゃないですかね。まさに“ロープ”とか作ったあの辺から、いわゆるロッキン系のところでやってても何も起こらないなっていうのを悟り出して。で、そこから違った感じになったと思いますね。まぁ別に意識的に狙って変えたというよりも、自分達がやりたいことをやったら自ずとそうなったって感じではあるんですけど。最初は求められてるものもそういう感じだったんですよ。たぶん事務所やレコード会社の人達はロッキン系に行って欲しかったと思うんですけど、『homely』を出して以降は周りにそういう人がいなくなりましたね(笑)」

■『homely』のひとつ前、『浮かれている人』の制作に入る前に東京を引き払って長野の原村に戻って、普通に野生の鹿が歩いてるような山の中にある出戸くんの実家をスタジオ化してプリプロするようになったり、同じ頃にそれまでの事務所も離れて、レーベルはメジャーとはいえインディペンデントな活動するようになったり、ある種、周りのバンドシーンとは距離を置くようになって。さっき「そこでやってても何にもならない」って言ってたけど、長い目で見た上での決断っていう感じだったの? それともごく自然な選択だった?

出戸「自然にやりたいっていうのももちろんそうだけど、それこそ『homely』を出した頃って、今の音楽シーンの雰囲気とは全然違ってたじゃないですか。ちょうど10年前ぐらいって、もうちょっとやわなものが多かった気がするというか。それを見ながら、こういうのは確かに今は人気あるけど、いずれ出てくるであろう新しい人達、それこそD.A.N.みたいな若手の人達にナメられるだろうなっていう未来が微妙に見えてて」

勝浦隆嗣(OGRE)「ナメられるって(笑)」

出戸「(笑)や、でもそういう感じあったんだよね。だからナメられないような音楽を作りたいなって気持ちはありましたね」

■結構尖った気持ちがあったんだ?

出戸「あったと思う、あの時は」

馬渕啓(OGRE)「明らかに尖ってたでしょ(笑)。だからこそ『homely』を作って、グッとそっちにのめり込んでたというか、何やってもいいっていうモードになってきてたんだろうね。あらゆる制限がない、みたいな感覚で作り始めて」

市川「それまでは制限あったんすか?」

馬渕「ある程度はあった。ギター2本で、ライヴでも普通にやれるものとして曲作ってたから、それまでは。でも『homely』の少し前ぐらいからスタジオワークをスタジオワークとして考えるというか、ライヴを意識しないものを作ってもいいよね、むしろそのほうが面白いんじゃない?っていう意識になっていって。そこから変わったよね」

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text by 有泉智子

『MUSICA1月号 Vol.129』