Posted on 2019.01.28 by MUSICA編集部

遂にソロとしての本道を極めたアルバム『JAPRISON』。
海外動向含め、今こそラッパーとしての自我と自負、
ポップミュージックへの決着と挑戦を果たしにいった
SKY-HIの覚悟を徹底的に語り尽くすバックカバー特集!

 

撮影=浜崎昭匡

鎖国が終わるようなタイミングでちゃんと幕末の志士達がいるのを見たら、
なんのために俺は今まで刀を磨いてきたのかって思った。まさに
こういう時のために磨いて来たのかもしれない、そういう覚悟はあった

『MUSICA1月号 Vol.141』より引用

(前略)

「今のアジアのラップミュージックってほんと群雄割拠で、めちゃくちゃ面白いんですよね。ほんと戦国時代みたい。それに対して俺自身もワクワクしてるんだけど、じゃあ日本は?ってなった時に、KOHHが筆頭でありつつSALUとかJP THE WAVYの名前は聞いて。やっぱヨーロッパとかツアーに行くとKOHHのほうが俺より全然認知度高いし。そういうのとかを海外で体感しつつ日本に帰ってきた時に、今までのことが嘘かのように空気が全然違うっていうのを感じて。自分は日本で生まれ、日本で育ってるから居心地のいいものであるとも同時に、文化的とか精神的なものでのみ言えば、閉塞感とか息苦しさも凄く感じて。芸能人もそうだけど日本で音楽やってる人でやりづらさみたいなものを口にしない人がほぼいないというか。特に若い世代はそう。こういうこと言っちゃいけない、しちゃいけない、とかもそうだし………とかが全部混ざって今回タイトルを『JAPRISON』にしたんです。(2018年夏に出したミックステープ)『FREE TOKYO』の時はもっと閉塞感のほうが強かったんですよ。あの時はもっとFREE TOKYO!って感じだったんだけど、でもそれを踏まえて今回の『JAPRISON』では『Japanese rap is on!』っていう気持ちも込められた。いたたまれない気持ちもいっぱいあるんだけど、絶対前向きなものにしようと思ってタイトルから作りました。なのでサウンド的にも現行のスタイルを踏襲してるんだけど、日本のリスナーが聴いた時に、その閉塞感から救えるものは何かな?って考えたら、それってやっぱ何かしらの前向きなエネルギーだと思うんで。俺は今回、それを対社会、対多数にしないで、対個人への歌に終始したかったんですよね。ってことを考えて作り始めていく中で、何が大きな鍵かって言うと結局は自分自身だっていうことにアルバム制作の序盤で気づいて。だから歌詞に関して言えばそこをいかに闘うかっていう話なんだけど、サウンドに関しては今話したような流れでできてるから、今までで一番現行の音楽シーン(海外のラップシーン)と距離が近いんだと思います」

(中略)

■『FREE TOKYO』のタイトル曲のリリックにはKOHHやSALU、PUNPEEやBAD HOPといった日本の今のラッパーやクルーの名前が並んでたわけですけど、今は確実にそういう日本のラッパー達が新しく作っている状況があるし、かつ、自分自身もSKY-HIとしてキャリアを重ねてきた中で、音楽シーンに対してそう言える地点まで来れたっていう、その両方の気持ちがJapanese rap is on=『JAPARISON』という言葉に表れてるんじゃないかなと思ったんだけど。

「それはあると思います。僕、帰属意識が本当に嫌いで。というか、嫌いにならざるを得ない成り立ちだったっていうか。自分のキャリアは『何々だから』っていう偏見で嫌われることばかりをずっとしてきた歴史なので。『AAAだから』とか『ラッパーだから』とか、あるいはラッパーとしても『ポップなこともやってるから』とか―――最後に関しては自分が出したものに対するリアクションだからいいかもしんないけど。けど、ちゃんと聴かない人からの偏見みたいなのはずっとあったから、それは本当に嫌で。そういうのも含めて帰属意識っていうのが凄く嫌だったんだけど。自分自身も、ラップとかヒップホップ好きであればあるほど、ヒップホップの代表みたいな感覚もなんかしっくり来ないし、逆にAAAをずっとやってくる中でも、あの手のダンス&ヴォーカル・グループが長く続くのは結構大変で。調停役が必要だから、俺はある種の献身と自己犠牲じゃないけど、エゴを殺してずっとそれをやってきたっていう自負もプライドもあるんだけど。だからこそ、その延長のソロプロジェクトって言われるのも嫌だったし。Mummy-Dが<俺はどこにも馴染めない/借りてきたフンドシは締めない/ハミ出した部分は隠さない オレの仕事は本場モンの翻訳じゃない>(RHYMESTERの“グレイゾーン”)って言ってましたけど(笑)、ほんと、どこにも馴染めねぇなって感覚はずっとあるんですよね。どの場所も居心地は悪くないけど、俺の居場所っていうものではないなっていうのはずっと思ってた。けど、世代が近い人達にアテられたっていうのは正直あるかも。SALUとかKOHHとかにアテられたっていう言葉が近いのかな」

■触発されたってこと?

「うん。触発された、に近いですね。俺くらいの年齢で小学生の時って、日本で一番売れてる存在ってGLAYとかB’zとか小室哲哉とかだったんですよ。そういう人達がミュージックステーションに出てて。一方でニッチと言われるものは、たとえどんだけカッコよくてもそこにはエントリーされない……わかりやすいたとえを出すと、それこそエイベックスの人とかに悪気なく『日本だとこういうの売れないよ』って言われてし(笑)。それが通説としてあったんだけど、その時代が変わろうとしてるのを肌で感じている今、つまり鎖国が終わるようなタイミングでちゃんと幕末の志士達がいるのを見たら、なんのために俺は今まで刀を磨いてきたのかって思ったんですよ。まさにこういう時のために磨いて来たのかもしれないっていう、そういう覚悟はあったのかもしれない」

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text by鹿野 淳

『MUSICA1月号 Vol.141』