Posted on 2014.11.18 by MUSICA編集部

plenty、衝動と進化が迸る
新体制第一弾ミニアルバム

新メンバーが入ってplentyは何を提示していくのかっていうことを考えると、
もちろん「曲としてどうか」っていう頭もありつつも、
その上で「芸術は爆発だ!」みたいな、そういう感覚でやりたかった

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.110より掲載

 

■前々号では、一太くん(中村一太/Dr)の加入に至る経緯も含め、もう一度3ピースバンドとなったplentyの意志と手応えを3人で語ってもらったわけですけど、その時にレコーディングしてると話していた作品が遂にリリースされて。

「はい、遂に!」

■収録されている7曲はどれも新体制になってから作った曲だと思うんだけど、これまでの成熟と進化を血肉化した上で、バンドとして新しい体を手に入れたからこその生々しい衝動やダイナミックなエネルギーが迸る作品になっていて。素晴らしいロックバンドアルバムになりましたね。

「俺も凄く納得のいくものができたなと思って。こういうものを作ろうっていうイメージは漠然とあって、それがちゃんとできたんでよかったです。なんか新人バンドのファーストアルバムみたいな武骨さが出したくて」

■武骨というかバンドのダイナミクスが演奏に出ていて、それが凄みになっている曲もあるし。何よりヒリヒリ尖ってるよね。

「そう、それがやりたかった。前みたいに構築していくのも好きだし、もちろんそういう楽曲もこれからもあっていいと思うんだけど、でもやっぱり、今回のこの感じがひとつの武器になるんじゃないかって思ってて。それに、この作り方のほうがやってて楽しいというか(笑)、俺にとっては凄くいいんですよ。バンドやってるっていう感じがする。作業的にもいい意味で俺の仕事が減るから、別のことに時間をかけられるのもいいし」

■その別のことって、具体的には歌詞の作業っていう意味?

「歌詞にかける時間も増やせるし、(3人で)スタジオに入る回数も増えたんですよ! 前の倍以上、スタジオに入ってる。3人でその1曲にかける、その1小節、2小節にかける時間が前とは全然違うから、前よりもバンドの呼吸が合わせられるというか。みんな吸う時に息を吸って、吐く時に吐いて、それさえも共有できて、しかもスタジオで散々やってる分、演奏面に関して何も心配がない状態でレコーディングに行けるっていう……だからレコーディング自体も、ちゃんといい音・出したい音を作って、ちゃんといいテンションのものをレコーディングするっていうところに集中できたし。やっぱり本来こうじゃなきゃ!って感じだった。いいムードでいいテンションでできたから、凄く納得がいく感じになりました。一太にとっては最初のレコーディングだから緊張してるかなと思ったら、全然大丈夫で。むしろ新田(紀彰/B)のほうが緊張してたっていう(笑)」

■実際に一太くんが入って、自分が想像してた以上に制作において化学反応が起こっていったという話は前回もしてもらったけど、その辺は音楽家としての郁弥くんにとってはどういう作用があったと思います?

「一太の加入はやっぱデカくて。あいつはすでに俺の右腕として機能するというか……今、一太はバンドの入場のSE作ってますからね。そういう、あいつ自身に感動することが結構ある。だから、これまではずっと『俺がやってやるんだ!』みたいな感じで音楽やってきたけど、ちょっと信用してみたくなるというか。実際ドラムのフレーズとかも、俺がざっくり投げると一太から凄いのが返ってきたりするから、面白い。今はそうやって、世界観も一緒に作っていけてる感じが面白いんです。前は自分のイメージをみんなにやってもらう感じだったのが、一太のイメージ、俺のイメージ、新田のイメージを重ね合わせてひとつの世界を作る。それはちょっと新鮮。面倒くさいんですけどね、その面倒くささがいいんですよ! しかも完成した時の手応えが今までより全然あるっていうのも凄く嬉しい」

■郁弥くんが完全にひとりでアレンジまで練り上げた精緻なデモを作り始めたのって、たしか“ACTOR”くらいからだったと思うんですけど。

「そうですね」

■その前だったり、それこそ初期の3ピースの頃ともまた違うんだ?

「全然違いますね。前のドラマーがいた頃は俺が作ったものをいかにぶっ壊すかっていうのを考えてたところもあったから。それはそれで面白かったけど、今は3人がちゃんとめざす方向を揃えて、そこに向けて進み出してるみたいな。こういうビルを建てましょうみたいな目的があって進んでる感じ。濃度も違うしね。だからラフなデモを作ってセッションしていっても前とは全然違うし、今のほうが楽しいし」

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text by 有泉智子

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.18 by MUSICA編集部

MY FIRST STORY、3枚目のフルアルバム
『虚言NEUROSE』で遂げた進化と深化

地球上の全70億人が美しくて綺麗な考えに至ることは
不可能なんじゃないかって想いはある。
でも、それを俺が諦めてしまったら表現者としてダメだと思うし、
自分自身も諦めたくはないから。
100%無理だと思っていても、1%の希望を抱いていたいんです

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.104より掲載

 

■2011年の夏にバンドを結成してから、12年4月にファースト、13年2月にセカンドと、比較的ハイペースでアルバムをリリースしてきた印象があるんですけど。そういう意味では、間にシングルとかを挟みつつも、今回は1年8ヵ月ぶりのニューアルバムと、ちょっと間が空いたような感覚があるんですけど。自分達にとってはこの辺の間隔ってどうなんですか?

「空いたなっていうよりは、むしろ頑張ったなっていう感覚のほうが大きいですね(笑)。っていうのは、曲をストックするっていうことを僕達はあんまりしないので。単純に時間がないっていうのもあるんですけど」

■ライヴもこれだけたくさんやってるから、制作にそこまで時間も割けないし?

「はい。実際、1枚目、2枚目は、僕の中でフルアルバムっていうよりは、軽い名刺代わりのようなものだったかなって思っていて」

■そうなんですか? 確かにファーストの時って、まだバンド結成して間もない頃で、まだバンドの中でダイナミズムが生まれてるっていうよりは、トラックとリリック、それぞれが個性と武器を考えて持ち寄ったものをまず形にしたっていう作品だったと思うんですけど。

「はい、そうでしたね」

■セカンドの時も、まだ自分達の気持ちとしては助走中というか、ウォーミングアップみたいなものだったんですか。

「そうですね。で、徐々にシングルを2枚出させてもらったり、コンピレーションやコラボをさせてもらったりして、今回は今まで得たものや学んできたものを全部形にできたらいいなと思ってたんですよ。だから僕の中ではあんまり途切れた感はなかったし、やっと形になれたなっていう気持ちが凄く強かったんです。逆に、ファーストから、セカンド、サードと、同じフラットな目で見たら、『サードで急に進化したな』っていう感じがかなり強いなって僕は思っていて。そういう意味でも、今回は進化を遂げたマイファスを見せられたんじゃないかなって想いがあるので、1枚の特別感とか存在感はデカいんじゃないかと思いますね」

■その進化を遂げたマイファスっていう部分って、自分達としては一番どういうところだと思ってます?

「やっぱり最初の頃は、オケもそうなんですけど、僕達のバンドサウンドだけ――ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルだけで再現できる、ライヴで完全に僕達だけでできる音しか使わずにやっていたんです、セカンドアルバムまでは。けど、シングルの“最終回STORY”は、ピアノだったりシンセの要素を入れることで、自分達の殻を打ち破れたなって思ってて。ある種、固執してた自分ルールみたいなものがあったんですけど、それを取っ払うことによって、見える景色が広がっていって……最終的には、『カッコよければいいかな』っていう結論が出たんです。それから、ピアノとかシンセだけじゃないデジタルな音も加えていったりして。そして、またシングルの“Black Rail”とか“不可逆リプレイス”を挟んで、『ここまで来たら、ガッツリ今までにないようなサウンドや構成にしたいな』と思って、新しいことも含めて今できることを全部出し切れたんじゃないかなって感じがするんですよね」

■確かに今作って、まず頭の“monologue”から電子SEとかエレクトロサウンドの要素が入ってきて、これまでマイファスが持っていたエモとかラウドミュージック以外のエッセンスが凄く入ってきますよね。その分、音楽のドラマティック性も格段に強くなってると思うんですけど。そうやって自分達で自分の殻を破っていけた、「最終的にカッコよくなるんだったら、自分達の決めた枠やルールも一回取っ払ってみよう」と思えたっていうのは、どういうきっかけがあって、その時にどういう決断をして変化できたんだと思いますか?

「やっぱり一番大きかったのは、去年の夏くらいですかね。ナノとコラボさせてもらったことがあって」

■フィーチャリングで参加したナノの“SAVIOR OF SONG”ですよね。

「そこでのレコーディングの仕方だったりとか、曲作りに対しての姿勢が、今までの僕達の中にはないものばっかりで。言ってみれば、ファーストとセカンドアルバムは、僕達が好きな海外のバンドを意識したり、『ここをこうしたら、これっぽくなる』っていうのが自分達の中にあって『じゃあ、こうしよう!』っていうふうにやってきたんですけど、ナノの音源を聴いた時に、いい意味でJ-ROCK感を失わずに洋楽っぽさも残っていて、凄くカッコいいなって思ったんです。だから、コラボしてもらった時に、どうやってこのサウンド感や雰囲気を出してるんだろう?っていろいろ聞かせてもらって――RECで何を使っているとか、どういう録り方をしているかとか。凄く僕達も衝撃を受けて、それが2枚目のシングルの“Black Rail”で再現できたかなっていう感じがあったんで。プラス、そこにさらにマイファスっぽさを加えていければいいなっていうのがあって、どんどん変わっていった感じですね」

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text by 寺田宏幸

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.18 by MUSICA編集部

THE ORAL CIGARETTES、
華麗なる反逆と一撃必殺の番狂わせ劇場、開幕

自分達の名前が出ていくにつれて、
悪い意味でシーンに溶け込んでしまうような危機感があって。
だからアルバムは絶対、俺らの幅の広さみたいなところを見てもらいたかった。
長いものに巻かれるんじゃなく、
なんならそういうものに中指立てていくようなバンドやからね

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.86より掲載

 

■前号ではレコーディング佳境のスタジオにお邪魔させてもらって、大まかなアルバムの空気感とかモードを聴かせてもらったんだけど、実際にヴォーカルが入ってミックスされた音源を聴かせてもらうと、実は割と印象が変わったんですよね。

山中拓也(Vo&G)「おぉ、そうですか?」

■はい。音の緩急とかメリハリが粒だってきた分、拓也のヴォーカルの艶めかしさみたいなものとか、このバンドが持っているハードな側面の裏側にある歌謡性がしっかり出た作品になったなと思って。

山中「あぁ、そうかもしれないですね。去年の7月ぐらいから作り始めた曲もあれば自分達がインディーズ時代に作った曲も入っていて、割といい流れで長いスパンの中で作っていったなっていう感じの曲がいっぱい入っていて。その時その時の心境を上手いこと残せていってるなっていうか、バンドの成長と共に変わってきた想いが表れている気がして」

■具体的に順を追っていくと、シングルの『起死回生STORY』をリリースした時は、早く出したいっていう気持ちが強かった一方で、来たるべき時が来るまでちゃんと待とうっていう、ある種の我慢の時期でもあったっていうことを話してくれました。だから、あの曲はあれだけ攻撃的になっていった、と。そういう中で、次に放つこのアルバムはどういうものになればいいと思って作っていった感じだったんですか?

山中「どういう作品にしようっていうか、去年『オレンジ(の抜け殻、私が生きたアイの証)』を出してから、『次に出すのはアルバムなんかな? シングルを出すべきなんかな?』っていう自分達の迷いがその時にはあって」

■どのタイミングでメジャーデビューするのか、どういう作品が次の自分達にとっていい結果へと繋がるのか。まぁ、バンドを取り巻く状況もまだ流動的だったし、そういう意味で自分達の狙いも定まり切らなかったっていうことですよね。

山中「そうですね。でも、どちらでも対応できるようにしとこうっていう感じで、ライヴしながら新曲をいっぱい作っとこうぜ!みたいな感じで。だから、曲自体は『起死回生~』を出すタイミングで、アルバム出せるくらいの曲数はあったんですよ。その中からメジャー1発目のシングルとして役割を果たせる4曲を選んだのが『起死回生~』で、残りの曲から今度はアルバムのために4人で話し合って10曲を選んで――」

鈴木重伸(G)「『起死回生~』の段階でアルバムができるだけの曲を貯めてたのもあったけど、その後、8月ぐらいに制作期間として奈良に1回帰って、スタジオに入らせてもらったんですよ。その時は、アルバムを出すっていうのは大方決まってたんですけど、何曲入るかとかまでは決まり切ってなくて。で、『あと、こういうのが欲しいよね』って言ってできたのが2曲目の“モンスターエフェクト”で。アルバムっていうものを一番意識して作った曲っていうか」

■“モンスターエフェクト”が一番最後のピースだったってこと?

鈴木「そうですね。あと、“リメイクセンス”とかも、結構昔から激しい曲で作ろうとしてたんですけど、歌詞の内容に合わせてミドルテンポぐらいがいいなって言って、この1年の中で大幅に曲が変わっていったりして。そういう曲の変わり具合の中に、この1年でいろいろ僕達が試したこととか成長できてるなっていう実感があるというか」

あきらかにあきら(B)「次のCDがどういう形になるか全然想像つかない中でいっぱい曲を作っていったんですけど、この間のシングルから零れた曲というよりは、敢えて入れなかった曲が今回のアルバムには入ってると思うんですよ」

中西雅哉(Dr)「前のミニアルバム出してから上京してメジャーデビュー決まるまでは、まず僕らTHE ORAL CIGARETTESを知ってもらうっていうことに力を注いでたんですよね。だから僕らのライヴとか、前のミニアルバムでも『THE ORAL CIGARETTESはこういうバンドやで!』っていう表の部分を知ってもらうために闘ってたイメージがあって。それにお客さんがどんどんついてきてくれて、認めてくれる人や応援してくれる人が増えて、そういう僕らが今までやってきたライヴのフィジカルさをシングルの“起死回生~”では『メジャーの舞台でも、こういうことをやれるバンドだぜ』っていう形でできたなと思うんです。そういう中で、夏フェスで去年以上にライヴバンドであるところを見せられたし、もう1個フィールドが上がったなっていう感覚があったからこそ、今回のこのアルバムの内容になってるのかなっていうのがあって」

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text by 寺田宏幸

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.16 by MUSICA編集部

ACIDMAN、追い求めた世界の究極を
ニューアルバム『有と無』に描く

この世界って、あることとないこと、
たったふたつの0と1で組み合わさっているのに、
言葉では表せない物事、いろんな感情、
非常に複雑な現象が生まれていて、凄く不思議で。
自分はやっぱりその本質を突きたいんですよね

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.64より掲載

 

■10枚目のアルバムなんだね。

「そうなんですよ」

■おめでとう、素晴らしい。イチローが首位打者とか打率3割何分とか言われた時に必ず言ってたのが「大事なのは、毎年200本ずつヒット打つことを何年間続けられるのかだ」っていう話で。アルバムを10枚作るっていうのは、そういうなかなか辿り着けない普遍とか偉業を達成するっていうことと同じ、貴重な勲章だと思うんだよね。

「そうですね。でも、やっぱり意識はしてないですね。『10枚目だぞ』って言われてやっと気づくぐらいで、実感としてはいまだに自分達は新人の気持ちなんですよ。10枚も作ったっていう認識もないし、デビューしたばっかりだっていう想いもまだあるし――」

■一悟(浦山一悟/Dr)のあの対応力の悪さを見てると、そこに新人感を感じるけど(笑)。

「はははははははははははは、間違いないです!」

■でも自分達ではまだそんな感じなんだ?

「全然新人です。だからフェスとかで20代の若手バンドの奴らに『コピーしてました!』って恐縮して挨拶に来られると、『あれ? どうやら世間は俺らのことをベテランと見てるのか』みたいな(笑)。なんでだろう?ってよく考えたら、そりゃそうかっていう感じで」

■そういう領域に達したことを、大木はどう感じてるの?

「もう想像もしてなかったですね。10枚もアルバム作ると思ってなかったし、この歳で音楽やってるとも思ってなかったし。でも、全然出し切った感もなければ、マンネリ感もなければ、飽きが1ミリもない。掘れば掘るほど、もっともっと世界の広さに圧倒されていくというか、描けてない世界に絶望するって感じですね」

■でも、そうやって挨拶しに来られたりして、自分達に影響を受けたバンドが第一線に来てるシーンを客観的に見てみると、確実に10枚作って、デビューして12年経ってるわけじゃない? その自分達のポジションっていうのは、なんとなくムズ痒かったりするのか、ある種の達成感みたいなものも感じるのか。どういう感じなんですか?

「全然満ち足りないなって思うと同時に、本当に去年、一昨年ぐらいからいろんな素晴らしいバンドが出てきてるじゃないですか。でも自分達はそのシーンにいないし、あの流れを1歩引いて見てるので、そういうところでちょっとおじさんになってしまってるのかなっていう感じがあります。でも、全然まだまだ欲深いですよ。達成した感じがないですからね」

■作品聴けばわかるよね。何が素晴らしいって、9枚目のアルバム『新世界』は、ここ最近の作品の中では一番いい作品だなと思ったのね。でも、今回の作品はさらにここ何作かと比べてもとても聴きやすいし、音楽的にほぼ全曲がシングルになれる曲だと思っていて。それって、ただいい曲っていうだけじゃなくて、やっぱり展開がちゃんとしていて、ドラマティックで、ダイナミックで、そして攻めてるっていう。そういう曲にほぼすべての曲がなってると思うんですよ。

「あぁ、ありがとうございます。俺もね、自信があります。最後に曲順考えてる時に、自分も本当に全部引き立ってるなって思いましたね。……でも、最初はそうなるつもりはなかったんですよね、このアルバムのスタートとしては。そろそろマニアックに潜ってもいいのかなっていう気持ちがあったんですよね」

■それはどういう理由で?

「表現の幅というか、自分の好きだった世界を追求して――テーマは変わらないんですけど、もう少し言葉を複雑にしてもいいのかな?っていうおぼろげなものがあったんです。でも、蓋を開けてみると、削っていく作業のほうが今の自分には合っていて……本質を歌っていくほうが今の自分に合ってたんです。やっぱりサビもあったほうが気持ちよくて。結果、気づけば凄くキャッチーになっていったって感じですね」

■たとえば前作でデビュー10周年というタイミングがあったし、その後には自分達ですべてのマネージメントをしていくことになったよね? そういうことも含めて、ある意味、深く潜り込んでいったりとか、もっと自分達の世界をそのまま見せて突き抜けたものを作ろうだとか、そういう気持ちになっていったわけではなかったんだ?

「そのままって言えば、これもそのままなんですけど……上手く言えないんですけど、欲望のひとつですよね。アンダーグラウンドな音楽も元々好きなので、そういうのもやってみようって最初は思ってて。だけど、どうもそうはならなくて……だから、やっぱり自分の気持ちよさとか本質がここにあるのかなっていう気がするんですけど」

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text by 鹿野 淳

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.16 by MUSICA編集部

クリープハイプ、決死の1年間の集大成
アルバム完成翌日インタヴュー

今までだったら、もうちょっと人を傷つけるような言葉で
この1年を表してたと思う。
だけど、『一つになれないなら、せめて二つだけでいよう』っていう
タイトルでアルバムを出せたことで俺は勝てたと思うし、
一連の出来事をちゃんと包めた

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.46より掲載

 

■昨日(10月30日)完成したんだよね? おめでとう。

「ありがとうございます(笑)。ギリギリで、発売の1ヵ月ちょっと前になっちゃいましたね……。まぁ元々ギリギリだったんですけど、1曲入れられなくなった曲があって。マスタリングもズレて………クソぉ」

■またそれは後で訊きますが。まず、尾崎自身はこの作品にどういう感想を持ってますか?

「……凄く満足してますね。作れてよかったなと思うし……いろいろあった1年だけど、ソングライターとしての自分がフロントマンとしての自分を助けてたんだ、だからやってこれたんだって、アルバムが完成して思います。いろんな状況の中で、やっぱりできてくる曲に救われてきたし。それを昨日マスタリングして聴いてる時に改めて思いました。1曲1曲ちゃんと作ってたっていう実感があったし、レコーディングした時も手応えがあったけど、完成したアルバムを通して聴いた時に『これが受け入れられないんだったら、新しいバンドが次々に出てきた去年の流れに乗っかってただけってことだな』って思ったし。そうやって思えて今はよかったなって思います」

■素晴らしい音楽集になってると思うし、今回の1曲目“2LDK”と前々作『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』の1曲目“愛の標識”の構造が共通していることとかも含めて、あのメジャーファーストアルバムと通ずる部分が多いと思ったんだよね。何よりもそれを感じたのは、音楽に対する純粋な想いがそのままソングライティングに繋がってるということが、全曲から伝わってくるっていうことで。もう1回、ちゃんと自分の楽曲だけで勝負したいっていう想いというか――。

「でも、そうするしかなかったっていう部分もありますね。バンドメンバーに対しても、一連の移籍騒動があった時に、同じように傷ついてる人が4人しかいなかったし――本当の意味では事務所の人もそうですけど――そこでもう『音楽しかやることがないんだ』と思って。だから………たとえば前作は、『アルバムを作ろう』と思って作ってたんですよ。シングルをメジャーで3枚出して土台ができて、そこからどう組み立てるか考えていくのが嬉しかったんです。だけど今回は、1曲1曲作っていくしかなかったし、1曲で勝てなかったらもうダメだったんですよ。何故なら今回はアルバムを出せるところまで行くかわからなかったし、とりあえず1曲でもリリースできるならそれで引っくり返すしかないっていう状態でしたから……。だから、ツアーに出る直前まで、ほとんどの時間は曲を作ってたんです」

■ホールツアーの前? そういえばライヴのリハーサルでメンバー3人に置いてかれたって言ってたもんね。

「そうですね(笑)。でも、だから8月の頭までには10曲ぐらいはもう完成してて……それがある程度揃った時に結構やりたい放題やってた曲が多かったから、『どうまとめようか』っていうのはあったんですけど。それで、ツアーが終わってから曲をまた作って、レコーディングをしたんです」

■前作ってたぶん、「純粋にいい曲だけを作って、それを遮二無二入れていこう」っていう発想から意図的な脱却をして、「どこまで上手にロックでポップな音楽をやれるか」っていう挑戦をしたアルバムだったと思うんだよね。で、話してもらった通り、今回の作品は、衝動と音楽に対する気持ちにフィルターがほとんどない、以前のような遮二無二な姿勢で作ったアルバムなんじゃないかなと思うんだけど。それはこの1年間の一連のことが大きかったの?

「どうなんですかね………でも、確かにそれによる変化はあったかもしれないです。もちろん、大きな出来事はそれ以外にもあったけど……あとは、単純に調子がよかったっていうのはありますね。曲を作るのにまったく苦労しなかったから、曲を作るっていうことが楽しくて。1曲もボツになってないし、全部作ったままレコーディングしたし」

■それは『吹き零れる程のI、哀、愛』をやってた頃とは何かが違うの?

「うーん、何が違うかっていうのはわからないけど……苦労しなかったかな。歌詞が出てこない時はあったけど、前作の息詰まる感じはなかったですね。まぁ慣れたっていうだけなのかもしれないですけどね、『書けない』っていうことに対して。結局ギリギリではできるから。………でも楽しかったなぁ、音楽というものを作ってて」

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text by 鹿野 淳

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.16 by MUSICA編集部

THE BAWDIES、ニューアルバム『Boys!』
本質と深化を語り尽くす全曲解説!

かつてないほど無邪気に、いつもより図抜けてハッピーに。
大いなる確信と小さな反骨を抱えながら
圧倒的に自由な音楽の遊び場で自らを解放させた4人が
ニューアルバム『Boys!』を語り尽くす全曲解説!!

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.56より掲載

 

■非常にTHE BAWDIESらしいアルバムというか、コンセプトがどうとか全体的に大きな流れがどうとかいうことよりも真っ先に無邪気で楽しんでるバンドの空気感がそのままパッケージされた印象を受けたんですけど。

ROY(Vo&B)「そうですね。以前、シングルの時にも少しお話させていただいてる通り、ロックンロールバンドとして進化していくのか、変わらずに転がり続けるかっていうターニングポイントというか、選択肢が選べるところにいった1曲が“THE SEVEN SEAS”だったんですよ。その時に、俺らは変わらずに転がり続けるほうがカッコいいと思う、と。だからこそ、次のアルバムは逆にルーツ感が強いものをやろうと思ったんですよ」

■そうだよね。で、カヴァーアルバムの『GOING BACK HOME』を作ったことで、ある意味、原点回帰というか、バンドとして手放しでロックンロールの楽しさや憧れを再確認する作業があって。

ROY「うん、凄く雰囲気がよくなっていって、バンドの一体感が出たシングルの“NICE AND SLOW”と“COME ON”ができました。その後、立て続けに“RECORD PLAYER”とか“TWISTIN’ ANNIE”のような、このアルバムの中で言うとロックンロール色の強いものをバーッと書いていって。その後もあんまりアルバムのことは意識してなくて、バンドの肩の力が抜けてたというか、凄くリラックスしてたんで、視野が広く、流れの中でいろんなアプローチをしながら曲を書いていったというか」

■じゃあ、アルバムとしての作品性とかトータリティみたいなものの意識もあんまりなく、“THE SEVEN SEAS”後の1年ちょっとの時間の中で自分達の気持ちに沿った1曲1曲ができ上がっていったんだ。

ROY「そうですね。前の『1-2-3』って真っ直ぐなアルバムだったと思うんですけど、そういう使命感みたいなものから少し解放されたような感じがあるというか。音楽をやってることが凄く楽しかったし、一緒にいることが楽しかったから、何かを伝えたいって言って真っ直ぐに伝えるよりも、『音楽ってこんなに楽しいね』って笑顔でやってる音を鳴らしたほうが伝わるんじゃないかって思ったんですよね」

 

01.“NO WAY”

 

■では、1曲1曲についてうかがっていきたいんですが。まず冒頭の“NO WAY”はドラマ「玉川区役所OF THE DEAD」の主題歌にもなってる曲で、非常にアグレッシヴなナンバーです。

ROY「そうですね。この曲は、さっきの時系列的な流れで言うと――“RECORD PLAYER”とか“HOLD ON”、“TWISTIN’ANNIE”っていうロックンロール色の強いものをバーッと衝動に駆られて書いて、ある程度やり切った時に、夏前ぐらいにシングルっぽい曲を書こうかなっていう気持ちになってきて。ルーツ色の強いものはもう書いたから、“JUST BE COOL”を作った時のように現代っぽいアプローチのものを書いてみようと思って“ANYTHING YOU WANT”とか“KICKS!”を作って」

■どっちかって言うと新機軸というか、新しいことに挑戦してる2曲ですね。

ROY「そうですね。『こういうものがTHE BAWDIESっぽいって思われてるんだろうな』っていうものを意識して、そのど真ん中を突かずに少し斜めから曲を作って――いつもそういうとこがあるんですよね、僕らって」

TAXMAN「捻くれてますからね(笑)」

ROY「実際、かなりドギツく捻くれてるので(笑)。ただ、『このタイミングで出すシングルなら、もっとド直球でもいいんじゃないか?』って話し合いがあって――答えは最初からわかってたんですけどね。俺らが思う『THE BAWDIESっぽい』っていうのは、それこそ“TWISTIN’ ANNIE”みたいなほうなんですけど、世間一般で言われる『THE BAWDIESっぽい』っていうのは、たぶんこの“NO WAY”みたいなことだろうなって。俺らからしたら、もうこっ恥ずかしいくらいに――ストレートに表現してみるとこうなるっていう。それが絶妙なバランスで成り立ってるっていうか」

■要するに、本当にド直球過ぎて、自分達にとってはむしろ面白みが感じられなかったりしちゃうっていうことですね。

JIM「そうそう。思えば“HOT DOG”の時もそうで。あれも『B級映画のBGMみたいなものを作ろう』っていうところから始まって」

ROY「“(IT’S)TOO LATE”もそうだよ。攻撃的でロックにありがちなコード進行がムズ痒くなってくるもん(笑)。だから、一歩間違えると危ない、その絶妙なバランスで成り立った曲。久々にそういう曲をど真ん中で作ろうと思って作りましたね」

TAXMAN「でも、俺達の好きなガレージバンドとかのよさって、『ダサカッコいい』みたいな部分があるじゃないですか? 『このバンド、よくこんなこと真面目にやってるな』みたいな(笑)。そういうよさが“NO WAY”にはあると思いますね」

MARCY「俺らだからアリっていうのもあると思うんですよね。実際、イントロの部分も、やってるうちにみんな恥ずかしくなってきちゃって(笑)。あまりに自分のスタイルにないドラムプレイだったので。結果、当初の半分にしようっていうことで今の状態になってるんですけど、そうやってスタジオでみんながワイワイやりながら作ってったイメージがありますね」

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text by 寺田宏幸

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.15 by MUSICA編集部

SEKAI NO OWARI、TOKYO FANTASYレポート&
今こそその独自のバンド論を考察する

確かな進化と共に無二の音楽エンターテイメントを繰り広げた
野外ライヴイベント「TOKYO FANTASY」@富士急ハイランド?。
そのレポートと共に、今だからこそSEKAI NO OWARIを再び考える
「SEKAI NO OWARIという存在、音楽、その夢と信念の現在地とは」

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.38より掲載

 

 ちょうど1年前に開催した、初めての野外ワンマンフェスティバル「炎と森のカーニバル」。それは、SEKAI NO OWARIというバンドの歴史において、おそらくclub EARTHを作ったことに次ぐと言っていいほどのエポックメイクな出来事であり、ターニングポイントとなった重要な出来事だったのではないかと思う。彼らのライヴにおける手の込んだ演出とエンターテイメント性/ファンタジー性はそれ以前のワンマンでも発揮されていたものだったけど、30mにおよぶ巨大樹を配したステージセットはもちろん、敷地内の造形やスタッフの仮装まで含め、あれだけの規模の野外広場に自分達だけの「王国」を創造し、SEKAI NO OWARIというファンタジーを具現化してみせたことは、本人達の達成感はもちろんのこと、世間の彼らに対する評価や見方を更新するだけの出来事だったに違いないし、それはこの世界の中に彼らの居場所を確立する上でとても重要なことだったと思う。実際、あれが終わってしばらくの間は誰と話していても「炎と森のカーニバル」の話題になったし、現場がどんな様子だったのかを聞かれることがとても多かった。

 昨年と同じ地に再びその王国を出現させ、行われた「TOKYO FANTASY」。本来であれば10月4日、5日、6日の3日間にわたる開催だったのが、残念ながら台風の上陸を受けて最終日は公演中止に。とはいえ、その2日間で彼らが魅せた世界は昨年のそれを明確に更新するものだった。しかもその更新が、演出手法や演出規模の拡張という形でではなく、音楽的な側面でのレベルアップによって果たされていたということが何より意義深かったし、初期の頃から変わらぬ自分達のヴィジョンと信念を大切に貫いた上で確かなる進化を果たしていっているSEKAI NO OWARIの現在地を、雄弁に物語っていたと思う。この記事は「TOKYO FANTASY」のレポートと、今だからこそSEKAI NO OWARIというバンドの軌跡と本質を考察する原稿の2本立てで構成しているのだけど、まずこの原稿では4日の公演について書いていきたい。

 入場ゲートを潜ると、そこは昨年同様、森の中に開けたSEKAI NO OWARIのワンダーランド。ウサギのスタッフや茂みに蠢く巨大ドラゴン、ステージにそびえ立つ巨大樹などはもちろん、彼らのライヴではすっかり当たり前となったたくさんのオーディエンスの仮装が大きな異境感を作り出している。彼らもまた、SEKAI NO OWARIのファンタジーを構成する大切なファクターなのだ。

 今回のTOKYO FANTASYは、ゲストアクトとしてOWL CITYが全日程に出演。近年のエレクトロポップにおける代表的存在のひとりであるアダム・ヤングのソロプロジェクト=OWL CITYとSEKAI NO OWARIは、すでにリリースされたOWL CITYの新曲“TOKYO feat. SEKAI NO OWARI”にSEKAI NO OWARIがフィーチャリング・アーティストとして参加したり、SEKAI NO OWARIの新曲“Mr.Heartache”のプロデュースをOWL CITYが行ったりと活発なコラボレーションを見せており、今回の出演はその幸福な必然によるものだ。

 ギター、シンセ、ベース、ドラムというバンド編成でステージに登場したOWL CITYは、音源よりもダイナミックかつ肉体的なバンドサウンドでもってエネルギッシュな躍動感に溢れるライヴを展開。“Fireflies”や“Good Time”といったメガヒット曲のアッパーで狂騒的な昂揚感はもちろんのこと、ミドル~スロウナンバーではシンセ・ストリングスと共に凛とした美しいサウンドスケープを描き出すなど自身の世界を豊かに音像化していて、世界のポップミュージック・シーンを牽引する確かなる度量を響かせていく。終盤ではFukaseがステージに呼び込まれ、アダムと共に“TOKYO”を熱唱。Fukaseはやや緊張しているように見えたけれど、バウンシーなビートに乗って飛翔するふたりの解放的な歌声がフィールドを駆け抜け、大きな歓喜を描き出していた。

 OWL CITYが終わり、次第に夜の闇に近づいていく空の下、まるで現実とおとぎの国の狭間を繋ぐようなメランコリックなSEが静かにループし、「その時」へのカウントダウンが始まっていく。そして17時38分。高らかに鳴り響く鐘の音と共に、いよいよSEKAI NO OWARIのショーが開幕。両サイドのヴィジョンに映し出された時計の針がぐるぐると回り、やがて近未来の東京であろう景色を描いたと思ったら、荒涼とした大地にそれぞれメンバーの名を刻んだ4つの墓石が登場する――という非常に示唆に富んだオープニング・アニメーションが展開した後、巨大樹のてっぺんから弾幕が上がり、それを合図に“炎と森のカーニバル”からライヴはスタートした。

(続きは本誌をチェック!

text by 有泉智子

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.15 by MUSICA編集部

さよなら、andymori――ラストライブ完全独占密着
日本武道館を駆け抜けた熱狂と歓喜の光、そのすべてを綴る

かけがえのない光が熱狂の中に弾けた夜――
2014年10月15日、日本武道館
「andymori ラストライブ」完全独占密着。
ロックバンドの純粋なる愛と光そのものだったバンドが
意志をもって自らの決着を着けにいった、
その最後の瞬間を、その軌跡をすべて綴るラストイシュー

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.14より掲載

 

 「俺は、俺達の音楽で、みんなの心を自由にしたいんです」―――これはファーストアルバムが世の中にリリースされる少し前、2008年の年末に初めて彼らに取材をした時に、壮平が言った言葉だ。それから5年後、彼らが解散を決めた時のインタヴューで「一番最初のインタヴューでこんなことを言ってたよ」という話をしたら、壮平は「そのワードは本当にあの頃の俺っぽいね(笑)。自分がスペシャルなんだって思いたかった頃の俺っていうかさ」と少し恥ずかしそうに笑っていたけれど、でもやっぱり、一番最初に私達の前に現れた瞬間から武道館のあの最後の瞬間までずっと、andymoriは「心を自由にしたい」と願い続け、そして実際にそういう音楽を鳴らし続けたバンドだった。厳密に言えば、「みんなの心を」というよりも、他ならぬ自分自身の心を自由に解き放ちたいと誰よりも願い、そのために音楽を求め、音楽を生み出し、音楽を鳴らし続けたバンドであり、そして結果的にそうして生まれた音楽が聴き手の心を自由にしていくバンド――andymoriは最初から最後まで、そういうバンドであり続けた。

 

 2014年10月15日(水)、日本武道館で行われた「andymori ラストライブ」をもって、andymoriが解散した。今度こそ本当にandymori最後の1日となったこの日の一部始終を、彼らの7年間にわたる軌跡を振り返りながら綴っていきたいと思う。

 

 生憎の雨が降りしきる中、私はメンバーよりもだいぶ早く、12時過ぎに日本武道館に到着。ほのかに漂う金木犀の香りに、すでに夏は過ぎ去り、次の季節が訪れていることを感じる。

 正面入口を見上げると、そこには黄色の地に墨文字で「andymori ラストライブ 2014.10.15 日本武道館」と書かれた看板が掲げられていた。<中略>この時点ですでに、外には物販の開始を待つたくさんのファンが集まっていて、時計塔のところに飾られたandymoriの大きなフラッグ――7月のZepp Tokyoの際にファンがバンドへのメッセージを書き込んだものだ――を見つめる人の姿も多く見られた。

 メンバーが到着するまでの間、しばらく会場の中を見て回る。前日の夜中からステージ設営と準備が行われた場内では、PAチームと照明チームがテストを繰り返していた。今はまだガランとした場内に、キラキラとした青い光が美しく舞っている。数時間後にはここに大勢の人が詰めかけ、andymoriの最後の音楽が鳴り響くのだ。

 

  13時30分を少し回った頃、メンバーを乗せたバンドワゴンが楽屋口に到着。中から壮平、寛、健二の3人が、笑顔で降りてきた。車は正面入口の前を通って楽屋口に入ってきたから、外で待っている多くのファンの様子や前述した看板が見えたのだろう。壮平が「なんか凄いね」と少しだけ興奮気味に言って、みんなで場内に向かった。

 楽屋に入って荷物を置いた後、何はともあれ、まずはステージへと向かう。

 彼らにとって初めての武道館にして、andymoriとして音楽を歌い鳴らす最後のステージに、この日初めて3人が立った。壮平はローディーさんとギターの持ち替えについて軽く確認会をしたり、健二は早速ドラムを叩いたり、寛は「なんか不思議な感じだね」と笑みを浮かべながら、それぞれにステージ上を歩き回り、場内を見渡している。

(続きは本誌をチェック!

text by 有泉智子

『MUSICA12月号 Vol.92』

Posted on 2014.11.15 by MUSICA編集部

BUMP OF CHICKEN、
新曲2曲と「WILLPOLIS 2014」映像作品、
そのすべての情報・批評と共に彼らの1年を振り返る

『3月のライオン』とのコラボ楽曲“ファイター”、
映画『寄生獣』主題歌“パレード”リリース。
映画『BUMP OF CHICKEN“WILLPOLIS 2014”劇場版』ロードショーと
LIVE DVD & Blu-ray『BUMP OF CHICKEN「WILLPOLIS 2014」』
リリース。

――2014年の暮れから2015年へと一気に駆け抜けるBUMP OF CHICKEN。
そのすべての情報、内容、批評と共に、
稀代まれなる活動ラッシュだった彼らの一年を、がっつりと振り返る!

『MUSICA 12月号 Vol.92』P.32より掲載

 

 今年のBUMP OF CHICKENは、ファンの方なら誰もが感じていることだが、いつになく活発な一年を過ごした。平気で何年もシーンに出てこなかった時代もあったバンドが(もちろん音楽制作を放棄していたことは一度もないことが前提の話だが)、今年は久しぶりにして待望のアルバムをリリースし、演出面を含めて例年にないほどアクティヴなツアーを展開し、しかもメディアへの露出も地上波を含めて積極的に果たし、その上でツアーのファイナルでは東京ドームという、スタジアムライヴの象徴なる場所でのライヴを果たし、終了後の24時には“You were here”というツアーへの想いが含まれたダウンロードシングルをドロップした。

“You were here”を聴いた時、まだ2014年の上半期を過ぎた辺りであるにもかかわらず、彼らがこれ以上ないほど、とても綺麗に一年を仕上げたなあと思っていた。これで残りの5ヵ月間はバンドはオフなんだろうと。できることなら、海外にでも行って英気を養いながら、“(please)forgive”のように異国の地で感じたことが、再び最高の楽曲になればと、勝手な邪推を働かせたりもした。それほどまでに2014年のBUMP OF CHICKENは完璧なストーリーを東京ドームまでで描いていたのだ。

 いや、びっくりした。

 この展開には、とてもびっくりした。リリースが控えていたのは知っていたというか、容易に予想していた。WILLPOLIS 2014へのメンバーの愛着を見れば、このツアーが映像作品になるのは明らかだったし、最近の彼らとスタッフの行動原理からすると割と早くドロップされるのではと思っていた。だから「実はリリースがありまして」と夏に話を聞いた時に、「ツアーの映像なの? それとも東京ドームだけのドキュメンタリーなの?」と返したら、「そうじゃないんです、新曲です」という話になり、それはもう本当に驚いたが、その時はまだ、こんな大胆なリリース計画があるとも思わなかったし、しかも映画のタイアップまで控えているとも思わなかったし、さらに言えば、ツアーが映画になるとも思わなかった。こんなことになってしまうと、来年以降がどうなるのかを逆に心配してしまうが、そんなことは置いといて、新しい楽曲“ファイター”と“パレード”を聴いたので、そのレヴューと、映画やDVD & Blu-rayとなる『BUMP OF CHICKEN「WILL POLIS 2014」』の映像について――実はこのドキュメンタリーに関しては、メンバーへのインタヴューを担当したので、その時のことを踏まえて――ありったけのことを綴ろうと思う。

 

 まずは11月28日にドロップされる“ファイター”。これは、羽海野チカの漫画『3月のライオン』とのコラボレートのために書き下ろされた、画期的な試みとしての音楽である。漫画がアニメになったり映画になったりすると、そこに「音」が発生するためにテーマソングや挿入歌が必要となり、タイアップが導入される――というパターンとは異なり、音も動画も必要とされない漫画自体に対してのインスパイアから新しい音楽が生み出され、その漫画の単行本(第10巻)とCDがセットで販売されるというもの。ある意味漫画がノベルズや映画に変換されるのと同じように、漫画が音楽自体になったかのようなコラボレートがここに誕生した。ちなみに漫画+CDは出版元の白泉社からリリースされるが、28日の0:00よりダウンロードシングルとしてもリリースされる。これには『3月のライオン』のスピンオフが読めるシリアルナンバーがついていて、つまりは電子書籍が音楽にセットとしてついてくるものとなっている。一出版人としても、今回の漫画と音楽の純粋コラボレートは未来が見える画期的なものだと大賞賛させてもらいたい。

 今回の意義を置いといても、この『3月のライオン』とBUMP OF CHICKENが表現を重ね合わせたことを、どれだけ多くの人達が喜ぶか? それを考えるだけでこのコラボレートの素晴らしさが伝わってくる。「臆病な自分に早くから気づいてしまったが故に、いや、生きることを知ってしまったが故に示し出すその一歩の大きさと重さを前に躊躇し続け、それでもなおも前へ進もうとする自分と対峙する中で、時に残酷な、時に真摯なる出逢いを果たす」――そんな両者の本質を人生の糧にしている人が多いことは、2010年代に入る前から手紙やメッセージ、そしてネットの中から気づいていた。

(続きは本誌をチェック!

text by 鹿野 淳

『MUSICA12月号 Vol.92』