Posted on 2018.01.20 by MUSICA編集部

Dizzy Sunfist、メロディックパンクの未来を照らす
完全覚醒の決定打、『DREAMS NEVER END』完成!
あやぺたの音楽観に、正面から踏み込む初ソロ取材

女ヴォーカルのメロディックパンクっていうことで軽く聴くヤツに対して、
「なめんな!」っていうのは強かった気がします。「夢は死なへん」って
言ったことをある程度叶えてこられた1年間やったし、
がむしゃらにやってみようと思えたんです

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

(冒頭略)

■全体で言うと、明るかったり楽しかったりするだけじゃない、聴く人の胸倉を掴んででもメッセージを伝えようとするストロングスタイルのパンクアルバムになったと感じて。ご自身ではどういう感触があります?

「自分としても、とにかく歌いたいことと伝えたいことを真っ直ぐやろうと思ったアルバムですね。で、それができたアルバムやと思ってますね。歌詞もメロディも真っ直ぐなものとして私の中にあり過ぎて、メンバーにも『これがやりたいねん!』って結構押し通す感じだったので」

■今このタイミングで、真っ直ぐやろうっていう気持ちをより一層押し通したかったのは何故なんだと思いますか。

「やっぱり他のバンドみたいに複雑なこともできないし、いろんなバンドと一緒にやってきたことで、自分にできるのは真っ直ぐにやり続けることしかないなって思ったんですよ。同世代のバンド達も売れていく中で改めて自分の武器を見つめ直したら、やっぱり真っ直ぐにやることしかないなって。真っ直ぐやることに真っ直ぐになったというか」

■今おっしゃった「真っ直ぐ」っていうのは、この作品を聴く限りでは、ハイスタの世代、HAWAIIAN6やdustboxの世代……と脈々と続いてきたメロディックパンクの正攻法を真っ向から受け継いで、とにかくあやぺたさんのいいメロディを歌い切るっていう意味でのストレートだと感じたんです。そういう意味では、いろんなバンドが売れていく中で新しさやオルタナティヴな在り方を目指していく状況を見た上で、こういう正攻法のカッコよさが見過ごされてないか?っていう気持ちもあったんですか。

「それはあったと思います。もちろん、他のバンドがダメとかそういうことではなく、そういう状況を見れば見るほど、自分の武器は真っ直ぐさしかないんやなっていうことがハッキリしていったんですよ」

■あやぺたさんにとっての真っ直ぐさとはどういうものなんですか。

「難しいなぁ(笑)。でもやっぱり、何に対しても素直になれるっていうことやと思います。やりたいことやりたいし、やりたくないことはやりたくないし……そうやってハッキリと言えることやと思います」

■それはまさに歌い続けてることですよね。夢を持つっていうテーマは、真っ直ぐでいいんだよって歌うこととも直結するわけですけど。それは、昔からあやぺたさんが強く思い続けてることなんですか。

「いや、全然そんなことなかったですね。むしろ最近、そうやって真っ直ぐに生きていきたいっていう気持ちが強くなったんやと思います。たぶん昔は、そういうことを考えることもなく真っ直ぐに生きていたと思うんですけど。でも今は、それをちゃんと突き詰めてみようって思って。ただ、意識して何かを変えてみたっていうわけでもないんですよ。自分から出てくる曲がそうなっただけで。きっと、経験値なんですかね。いろんな人と出会うことで人間的にグレードアップできたんかなって」

■具体的に言うと、どういう出会いが影響をくれたと思います?

「映像の中でしか見てこなかった人達と対バンしたり、話したりすることが増えたんですよ。言ってみれば、到底触れ合う機会なんてないやろうなって思ってた人達とも一緒にライヴができたりして……この数年で、そういうことがどんどん現実になっていったんですよね。ハイスタももちろん、HAWAIIAN6やdustboxとも一緒にライヴできて、ライヴの後も一緒にお酒飲めたり……高校生の頃の自分からしたら、あり得ないことが増えてきて。その結果として、あいつら何でも真っ直ぐにやってるな! やりたいことやってて楽しそうやな!って思われてたら最高やと思います」

■そうして自分の中の「こうしたい」を無濾過で放出できるのが、あやぺたさんがメロディックパンクに惹かれた理由でもあるんですか。

「そうかも。歌もギターもドラムもベースも、すべて全力で鳴らすじゃないですか。みんなが全力で一気に行く瞬間。あれに胸焦がれるんです。難しいことやってなくても、全力が重なった瞬間の全力に憧れてしまう」

■これは全然違う話かもしれないですけど、素晴らしいメロディックパンクを鳴らす人って、その音楽のシンプルな構成からは考えられないくらい面倒で複雑な脳内の人が多いと思うんです。本当はもの凄く暗かったりする人が、それこそ全力の輝きへの憧れを託してるというか(笑)。

「ははははははは! でも、それはなんとなくわかります(笑)。まさに憧れですよね。そう考えたら……普段の自分はもの凄い不安症なんですよ」

(続きは本誌をチェック!)

text by矢島大地

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.20 by MUSICA編集部

メロディが冴えわたるシングル『ロトカ・ヴォルテラ』、
3月発表のアルバム『Rainbow』収録予定の4曲も入手し、
KEYTALKの根幹を求め、小野&首藤とじっくり語らう

全員同い年っていうのが凄い大切で。急激にブレイクするわけではなく、
僕らはちょっとずつ進んではしっかりコケたりもしてきて。
そういう活動が、今のこの関係性を作っていったのかもしれない(小野)

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

(冒頭略)

■今回のシングル、この『ロトカ・ヴォルテラ』っていうタイトルは食物連鎖のことですよね。

首藤「はい、食物連鎖の増減を示す方程式みたいなものです。実はそれ自体を理解はしてないんですけど、元々響きのカッコいい外来語を探してるうちに出会った言葉で。仮歌詞はなんとなく書けたところで、曲タイトルになり得るようなワードを探していて、食物連鎖をメタファーにしたら面白い歌詞が書けるんじゃないかってとこでこのタイトルが閃いて。そういう人間の内に秘めてる内情を歌詞にしたっていう流れでつけました」

■さっき今日だけクリスマスとして限定公開されてるビデオを観たんですけど、珍しくこのバンドとしては、モノクロームでシャープなものになっていて。言ってみればダークなイメージの曲になっている。着ている服も全部真っ黒だし、これはどういう気持ちの表れなんですか?

首藤「いろんな曲を作ってきた流れの中で今回は黒っていう色がきたっていう感じで。これもただこういうモードだったというか、周期がきたっていう感じですね。シングルだけを振り返ると“セツナユメミシ”や“黄昏シンフォニー”のように、歌モノとして歌を聴かせる曲の流れが続いてきた中で、今度はロックでちょっと強いエッジの効いた曲を自分で作って聴いてみたいなって思って。そういうモードだったところで、ちょうどシングルのタイミングがきたんです。まぁ聴く人からしたら、ひょっとしたら『らしくない曲』かもしれないですけど、KEYTALKが演奏したらカッコよくなるなっていうのも想像できたので。なんの抵抗もなく作れました」

小野「KEYTALKのパブリックイメージからすると新しい感じなのかもしれないですけど。でも2010年ぐらいから遡って曲を聴いていくと、昔にもこういうタイプの曲あったよな?って感じなんですよね。だから僕も自然と今日はこのテンションね、みたいな感じで楽しくやりました」

■で、好きなほうですよね、こういうカッティングエッジなアレンジ。

小野「まぁ僕、音楽好きですからね(笑)。音楽が好きだからあれが好き、これが好きみたいのは特になくて、どれも楽しくやってて。強いて言うならギターが好きなので、ギターを弾ければ本当にあとはどんな曲がきても大丈夫というか。それを自分色にどうするかっていう話なんで、このジャンル好きですよね?って言われても正直あんまりないんですよね」

■それは失礼しました。この食うか食われるかっていうテーマは、今のこのバンドの現状を歌ったものとも受け取れるんですけど、そういう意図はありましたか?

首藤「あんまりそういう歌は歌わないですよね(笑)。これもシリアスな感じの曲だから、バンドの内情を歌っているように思われるかもしれないんですけど、正真正銘ただの物語です(笑)」

■義勝の場合、曲を書くというのはある意味ストーリーテリングをしていて、だから曲の中に自分を置くというよりかは、客観的なシーンやストーリーを設定して曲を書いていくのが自分の論法だって以前聞きましたが。そういうやり方をするのが好きなのはどうしてなんですか?

首藤「自分自身のことを歌うのがちょっと恥ずかしいっていうのが昔からあるからですね。まあ言い訳になるのかもしれないですけど、『これは僕のことじゃないですよ』って宣言することで、途端に歌詞が凄く書きやすくなるというか、僕の場合はそれで逆にフィルターが外れる感じがあるんです。自分のことを書く人もいっぱいいると思いますし、そっちのほうが刺さりやすいとも思うんですけど。でも僕は物語書くほうが本音というか、好きだなっていうのがあって。これはもう趣味ですね」

■<光は陰に 吸い込まれてゆく>っていうリリックがありますけど、まさにそういうサウンドになってますよね。

首藤「そうですね。陰と陽で言うところの陰の部分がバンドのテクニカルなカッコよさと繋がって、イメージ以上の仕上がりになったと思います。曲を作り始める時に思ってたのは、演奏も凄いカッコいい曲になったらいいなってことだったんですけど、今回はその感じが本当にどの楽器もあるんですよ。感覚的にハマったっていうのを完成した時に凄い感じましたね」

(中略)

■それと同時に、メロディが強いって本当に最強なんだなって思いました。言ってみればそれがあればどこにでも行けるし、逆に言うと、どこにでも行けるっていうのはどこへ行っても帰ってこれるってことだと思うから。

小野「本当にそうですよね! あと、メロディがいいとみんなのものになりますからね。難しい曲だとそれでしかないですけど、どんなアレンジになろうがメロディだけはひとり歩きしてきますから」

(続きは本誌をチェック!)

text by鹿野 淳

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.20 by MUSICA編集部

音楽にしか表せない美しき光とロックバンドという奇跡を
今も変わらず強く信じ、ただ純粋に追い求めること。
AL、セカンドアルバム『NOW PLAYING』リリース

音楽は生きる中で幸せになるためにやってるものだから、その価値は
人の評価で左右されるものじゃない。評価を得たいっていう想いも
あるにはあるけど、そこが第一義になっちゃダメだと思うから。
誰が云々って話で振り回されることはないんだよね

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

INTERVIEW #1 長澤知之

 

(前略)

■知くんは自分のソロもしっかりやっていて、そこで歌いたいことも書きたいメロディも、やりたい音像も、自分の思う形でやれてるわけだよね。で、相手のことを想像したり、敢えて自分が緩衝材になったりっていうことは、今話してくれたような成功体験や楽しさがあるのも凄くわかるんだけど、ただ、ひとりの音楽家として自分の音楽を突き詰めていくっていう観点から言うと、必ずしもそれをやる必要はないじゃない?

「うん、ないね」

■でも、自分がそういう役割を引き受けてでも、ALをやりたいなと思うのはどうしてなの?

「ひとりでやるってことは、自分で好きなように遊べるし、書きたいことを書きたいだけ書けるっていう喜びはある。ただ、4人でやる喜びっていうのは、たとえばサッカーや野球のように団体戦で勝ち得る喜び、同じ境遇を共有できるからこそ生まれる喜びなんだよね。言ってしまえば、悪い時は地獄へ道連れだし、天国だったらよっしゃ!ってなれる。そういうのってひとりでは得難いもので。だから、誰かと喜びを共有したいっていうのが大きい。あと、もうひとつ後づけるのであれば、4人とも個性が全然違って、聴いてきた音楽やルーツも違うし――壮平だったらフォークで、寛はオルタナ、大樹はクラシックで、俺は讃美歌やThe Beatlesだったりするからみんな全然違うんだけど、どこかで合うものがあった瞬間が嬉しかったりする。大げさな話だけど、北朝鮮がミサイル撃ったり、日本と韓国が揉めてたりするけど、それぞれ自分達の正義があって、それはその国にいないとわかんないものだったりするじゃない? でも、その国の事情を聞いて想像することはできる。俺は想像力って思いやりだと思うんだけど、それがあれば全然違う性格の4人が集まってるバンドだけど上手くやれるっていうのは、ひとつのミニマムな平和のモデルでもあるし。そういう団体が愛とか平和を歌うんだったら、まだ説得力があるなって思うんだよね。ひとりで歌う時は自分の理想を述べるものではあるけど、全然個性の違う4人がそれを歌うっていうのも意味があることだとは思う」

(続きは本誌をチェック!)

text by有泉智子

『MUSICA2月号 Vol.130』

 

 

INTERVIEW#2 小山田壮平

 

(前略)

■“NOW PLAYING”という曲が最高だなと思っていて。(略)ここ何年かの壮平は、少年期だったり、過去に見てきた光に想いを馳せる曲を書くことが多かったと思うし、こういう、純粋にこれから起こっていくことへのワクワク感、興奮を表す曲が生まれてきたのは久しぶりだなと感じたんですけど。自分ではどう思いますか?

「あー………でも、常に前向きなことはやってきてるとは思うんだけど。まぁでも確かに、郷愁を歌う曲は多かったかもしれない」

■郷愁と、ここではないどこかを思う、エスケーピズム的な昂揚感だったりとか。それも昔からずっと壮平の歌にあるものだと思うんだけど、ここ最近はそっちの側面が強く出ていた気がして。でも“NOW PLAYING”は、まさに今ここのことを歌っているし、目線が前に向いてるなと思う。

「地に足が着いてる感じ?」

■そうそう。地に足を着けて、今と明日を見てる感じ。

「たぶん、それを誰にでもわかる形でわかりやすく表現できたってことなのかなって思う。郷愁とかエスケープ的な昂揚感みたいなものって、自分の中でははっきりわかるんだけど、聴く人にしてみればわからないところもあったりすると思うので。でも、“NOW PLAYING”は誰が聴いてもそれしかないような歌詞だから。その違いなんじゃないかなって思います」

■そういう歌詞が書けたのは何故なんでしょうね?

「なんでだろう………………現実的にどうしていくかっていうことを、ちょっと前よりも考えてるのかもしれない。知之ともそういう話をするんだけど、たとえば<地上の天国>って歌ってるけど、天国自体はもうこの世のものではないけども、それを地上の場所に作り出す、天国のような場所を当にこの現実のものにするためにはどうすればいいのか?っていうことを考えたり、話してきたところはあって。逃避するんじゃなくて、今この瞬間の楽しさをちゃんと現実のものにするにはどうすればいいんだろうって」

(続きは本誌をチェック!)

text by有泉智子

『MUSICA2月号 Vol.130』

 

 

INTE RVIEW#3 藤原寛

 

(前略)

■前作から今作に至るまでの間に、寛くんは銀杏BOYZのサポートメンバーとして、ライヴだけでなくレコーディングも含めバリバリやってたわけだけど。それはミュージシャンとして、ベーシストとして、どんなことを思いながら過ごしてきた時間だったの?

「俺の銀杏での在り方ってことで言うと、峯田さんっていう総監督がいて成り立つものというか、純粋にベーシストとして力を貸すっていう感じで」

(中略)

■対してALはどんな感じなの?

「ALはやっぱり自分のバンドだし、ベースを担当するというよりは全体のイメージを持つ感じっていうか。だからプレーヤーとしての自分には、そんなに目線がないかもしれない」

■言ってみれば、銀杏はベーシスト藤原寛が出ていく場所で、ALはアーティストとしての藤原寛が出ていく感覚なのかな?

「そうだね、それに近いかも。ALは音楽で何を担当するってことよりも、音楽を通してみんなでいい空間を作りたいっていうのがデカいんだよね」

■みんなでいい空間を作りたい、自分達が美しいと思うもの、輝きみたいなものを音楽を通して生み出したい、確かなものにしたいっていうのはALを結成した時から、もっと言えばandyをやっていた頃からずっとあると思うんだけど。その中で、ファーストと今回では、どういうふうに進化したり変化したりしてきていると思う?

「単純に友達としてこの3年を一緒に過ごしてきた中でお互いにより分かり合えるようになった部分もあるし、音楽的にも一緒に作っていく中で呼吸の仕方がわかってきたというか。具体的には、イメージの持ち寄り方だったり、相手の尊重の仕方だったり、そういう呼吸が最初よりはできてきたのかなっていうのは思うな。目指してたもの自体はきっと変わってないと思うんだけど。特に知之とはALが始まってから初めて一緒に音楽を作り始めたし、より濃い時間を過ごすようになったから」

(続きは本誌をチェック!)

text by有泉智子

『MUSICA2月号 Vol.130』

 

 

INTERVIEW#4 後藤大樹

 

(前略)

■ALの音楽ってどういうものなんだと思いますか?

「曲の内容っていうよりは、バンドだなぁって感じはありますね。たとえば、誰か強いシンガーソングライターがいてバンドがそこについていくっていう形ではなく、4人が4人としてしっかり立ってるというか。それが音にも出てるなって思うし。俺は元々バンドをやりたいと思ってドラムを始めたんだけど、ALのいいところは、ちゃんと全員それぞれに軸や思想、考えがあるところで。だから信頼できる。精神の揺れはもちろん全員あるんだけど、バンドやってただ楽しいってだけじゃなくて、自分の思う正しさを持って表現をしているし、芯をしっかり持ちながら闘ったり守ったりできるっていう。そういう信頼は全員置ける人達だから。だからそれぞれが目指してるもの、見たいものを信頼して、共感できるのかもしれない」

■バンドとして音楽をやる上で、それは凄く大事なポイントだよね。

「そうだね。俺はそもそもバンドがやりたいって思ってたから、自分がそんなにドラマーだとも思ってなかったりして。極端に言えば楽器ってバンドやるための道具みたいなもんだから、ベースでも何でもいいし」

■なんでそんなにバンドがやりたいの?

「信頼感というか、ホームというか……それが欲しいんだと思う」

■なるほど。でも一方で大樹くんって、自己表現として音楽を作りたいっていう気持ちもとても強いじゃない? だけどバンドというホームもとても大切にしていて、その狭間で破綻しちゃうこともあったりして、そこがとても面白いなと思うんだけど。自分ではどう感じているの?

「おっしゃる通り、めちゃ矛盾してるところがあって(笑)。それは今でもなくはないんですけど、でも結局は、俺は家がないからこそ落ち着かないし、家が欲しいからこそ暴走してるというか、ずっと焦ってる状態みたいな感じがあって。(中略)でも、どこかで『どうせホームなんかねえんだよ!』って気持ちも持ってて……だから対人関係もぶっ壊しがちなんですけど(笑)」

■ははははははははははは、ほんとそうだよね(笑)。

「でもなんでそうなってたかというと、本当にぶつかり合って、本当に確かめたいっていう欲があったからで」

(続きは本誌をチェック!)

text by有泉智子

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.19 by MUSICA編集部

BUMP OF CHICKEN、「PATHFINDER」完全密着第3弾。
2017年最後のライヴとなったアスティとくしま公演に潜入
1年の総決算たる1日を肉声と共に完全ドキュメント!

「みんな全員大吉、来年は全員大吉です!」
20周年イヤーのスピリットと責任を引き連れながら、同時に振り解き続ける
ツアー「PATHFAINDER」。恒例のBUMP完全密着シリーズ第3弾は、
ツアー終盤戦突入にして年内最後のライヴとなったアスティとくしま編!

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

 

 徳島なのに寒い――という言い方が果たして正しいのか単なる物知らずなのかはわからないが、空港に降り立って、そのまま徳島ラーメン(豚骨ベースに、甘く煮た豚肉と生卵が乗っかっているご当地ラーメン)の名店「いのたに」に駆け込んだ時まで、とにかく寒い。四国に来れば暖かな風が吹いてるという錯覚を持ってしまっていたが、実際にこの日は東京より2度気温が低かった。

 川沿いにあるアリーナ「アスティとくしま」に12時30分に着いたと同時にメンバーも入って来たが、とりあえず「寒いよね」という言葉が挨拶代わりになる。今日も彼らの楽屋はとにかく暖かく、そしてとにかく加湿されていて、特にこのような日には格段に居心地がいい。

 いつものように、荷物を置いただけで早速テーブルを囲み、舞台監督とこの日のセットリストを決める。「年内最後のライヴだから、とにかく悔いのないセットにしような」とか、「でもいつも悔いないセットでやれてね?」とか、「そうだね、でもやっぱり今日はあれをやりたいよな」とか、4人共様々なことを言い合いながら、この日なりの最高のセットリストが組み込まれてゆく。そのミーティングの後半にチャマがこう言った。

「でもさ、そうは言っても年内最後のライヴだし、盛り上がって踊って終わるより、みんな藤原基央の歌をちゃんと最後に聴いて帰りたいと思うんだよね。俺らもそうじゃね? 今日はフジくんの歌がじっくり聴ける、その余韻が残る曲で終わろうよ」

 この意見に升もヒロも同調した。当のフジはこういう時に必ずするはにかんだ顔をしながらも否定をしない。というわけでセットリストが完成し、これまたいつものように升以外の3人によるご飯会が始まり、升は場内散歩に出ていった。

 その後、チャマがいつもより早くベースを担いで、ミニアンプにシールドを刺した。そして小気味いい音を出しながら、8ビートのシンプルなストロークを続けている。そのチャマをサウンドチェックのために舞台監督が呼びに来たのが14時15分。その後14時33分にも再び舞台監督が現われ、今度は赤いストラトを手にして練習をしようとソファーに座った途端のヒロを、容赦なくステージへと連れ去っていった。

 サウンドチェックが終わったチャマが再び楽屋に戻って来て、またアンプにベースを繋いで練習を始める。今度は“スノースマイル”である。

 ん? このツアーのウインターソングは“Merry Christmas”だったんじゃないの?と思い、楽屋を出てスタッフにどうなってんの?と訊くと、「鹿野さん、大丈夫ですか? クリスマスはもう終わったじゃないですか。メンバー自ら自然と決めてたみたいですよ、クリスマス終わったら“スノースマイル”だって」と笑いながら話してくれる。機転が利かない自分を恥じながら、再び楽屋に入るとチャマがコーラス部分を何度も何度もハモりながら練習を繰り返している。

「今日が初めてなんだよ、“スノースマイル”」

 今度はフジがアコギを持ってイントロ部分を爪弾いている。楽屋はなおも暖かいんだけど、それでもこの曲が流れるだけで、もう完全に素敵な冬景色です。本番が本当に楽しみだ。

 全員がステージに揃ったのが15時ジャスト。すぐさま今年最後のステージリハーサルに移った。

(続きは本誌をチェック!)

text by鹿野 淳

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.19 by MUSICA編集部

全国を行脚した「SKY-HI Round A Ground 2017」、
フィナーレとなった豊洲PIT2デイズレポートと共に、
2017年を振り返り、野心と確信を語るインタヴューを掲載

LAでブルーノ・マーズのライヴを観たんですけど、
歌もダンスも圧倒的で。でも、自分がそこに行けないか?って言われたら、
行けないことはないって感じられた。そんな頂が具体的に見れたから、
LAでのライヴも自信にしかならなかったんです

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

 12月11日、12日、今年も豊洲PITで「SKY-HI Round A Ground」のツアーファイナルが開催された。これは各地それぞれバンドやアーティストに出演してもらうSKY-HIの対バン形式のライヴハウスツアーであり、そのファイナルが去年同様、豊洲PITで行われたのだ。

 去年は初日にUVERworld、2日目にクリープハイプが出演したが、今年は初日にリアクション ザ ブッタ、ビッケブランカ、Czecho No Republicが出演し、2日目はSALU、JP THE WAVY、RAU DEF、KEN THE 390、TARO SOUL、サイプレス上野、T-Pablowが大挙して押しかけるという彼の音楽と人生の交流が丸裸になるコンセプトとなった。言うなれば、初日はロック&ポップ、2日目はラップ&ヒップホップという、彼の中にある音楽性のクロニクルがしっかりと伝わるものになったと言えよう。今回はその2日間のレポートと、その後のクリスマス前に行った、このライヴの中で象徴的だった日高の本質を振り返り、2018年にやるべきこととやりたいことが何なのか?を確認するインタヴューをお届けする。

 (中略)

 ■今回のタイマンツアーが本当に感動したのね。出会って約2年くらい経つんですけど、本当に今までで一番カッコよかったんです。

「嬉しいですねぇ!」

■この気持ちになるまでの僕のドキュメントがあって。リハーサルを見せていただいた時に、他のラッパーに比べてあなたが優等生に見えたから「日高、大丈夫かな」と思ってしまいました。そしたら本番がまったく違って。たぶんあなたはリハーサルと本番、両方を100でいったと思うし、もしかしたら本番は130になったのかもしれないんですけど、要するに、リハーサルで優等生に見えてしまった自分が浅はかなんだなって思って。どういうことかって言うと、あなたは常にパーフェクトなんですよ。

「あら!?」

■それこそ韓国の人達がアメリカで日本人より勝ってるのって、よくも悪くもパーフェクトだからじゃん、スキルも社交性も芸能人っぷりも。それがアメリカのミュージックエンターテイメントのハードルやクオリティとシンクロして受け入れられてる気がしていて。で、日高だったら、AAAでやっているシビアさが血と肉となっていること含めて、日本人なりのラップ、絶妙な批評精神によるソウルミュージックに対する客観性も入れていくと、他の日本人とは違う形で勝っていけるチャンスがあるんじゃないかなって思ったんです。

「本当に嬉しいです。僕の想いも結構そんな感じです。パーフェクトってことへの言い換えになるかもしれないんですけど、エンターテイメントって『上手い』が正義じゃないっていうか。リズムとかが正確なことが正義じゃないのがスタートで、それこそトラップのラッパーなんてライヴじゃほぼ歌わないし、曲かけて上でシャウトするみたいな、それがエンターテイメントとして、ドラッグミュージックとして正解っていう感じだと思うんですけど、俺の場合は日本でやる時はフィルターかかった状態で見られることが多いから、上手いっていうのは必要必須最低条項だったんですね。『上手くて、その上で何をやるか』ってことがずっと必要だったから、それはずっと意識してて。それが下地にある状態で、ずっといろんな人といろんなことやってきて、なんとなく一部の中でそういう認識ができた時に、もう1個上のアティチュードをってやり方をやってきたら、たまたまそれが今おっしゃっていただいたことと直結するっていうか。先にスキルより大切なものを追っかけてたら身につかなかったかもしれないけど、最低限のスキルがあって、その上でそれをぶち壊すっていうのができたのはよかったですね。あの日集まってくれた先輩含めた錚々たるラッパーとずっと一緒に演れてるのも、スキルと歴史を自分が持っていたからで。それこそ『OLIVE』も、USの音楽のトレンドとの親和性も大切に考えて作ってたんですけど、今はナチュラルに自分のスタンスとかスタイルをもっと濃く作れるっていうか」

(続きは本誌をチェック!)

text by鹿野 淳

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.19 by MUSICA編集部

この国随一のバンドアスリーターズのツアーに初めて密着。
凄まじいスケールで全国を回った「TYCOON TOUR」、
衝動と確信の狭間を生み出す、すべての時間をドキュメント

UVERworld「TYCOON TOUR」日本ガイシホール公演潜入、
初の密着取材を敢行! TAKUYA∞の後日インタヴューと合わせて
舞台裏から圧巻のライヴ、そして彼らの現在地までをここに綴る!

 

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

 名古屋編2デイズの2日目となったこの日。メンバーが13時頃から会場に入ってくるとのことだったので、その時間に合わせてガイシホールに入ろうとすると、平日の、しかも2日目にもかかわらず既に200メートルぐらいの物販の列をファンが成している。

 楽屋エリアに入って各所の様子を窺うと、まずはベースの信人とドラムの真太郎が飯を食べているのを確認。こちらは食事中に申し訳ないと思い、コソコソと視界から消えようとするが、ふたりは「あれ、何してるんですか!?」と驚いて、ご飯を置いて挨拶に向かってくる。そうだった、そういうバンドだったと思い出して、今日は礼を尽くして取材せねばならないと、胸の内で手綱を引き締めた。同じ会場での2デイズの2日目というのは、アーティストにとってはリラックスと倦怠感の両方を覚えるものだが、穏やかな表情で食事をしているふたりからは、少なくとも後者のイメージは見受けられない。

 その後、ステージエリアを見に行くと、眩しい照明が逆光になる、その眩しい世界から「あれー!!」という声が聞こえてくる。あれー、Saxの誠果である。「今回、いろいろ面白いことをたくさんやってるし、毎日が挑戦なんですよ。だからもう中盤戦なんですけど、まだまだ刺激が多くて楽しいです。存分に楽しんでってください」と、とてもポジティヴで親切なご挨拶。誠果のそのピースフルな風貌も相まって、まるでディズニーランドに入った瞬間に入り口でミッキーに丁寧にもてなされたような気になった僕は、決して間違ってはいないと思う。

 その誠果の背後に広がるステージのスケール感が凄くて、本当に息を呑んだ。まるで、ステージ自体が実際に起動している人工衛星そのもののようで、ロックもEDMもミュージカルもすべての表現を飲み込む受け皿になれそうな、洗練されているのに豪快なセットが広がっている。

 そのセットの最前のど真ん中にはヴォーカルTAKUYA∞のマイクが――ん? いや、そこには真太郎の太鼓がドドーンとそびえている。通常のバンドのステージポジションからいくと、異常事態だ。

 (中略)

 約2週間後の12月29日深夜、 福岡のスタジオでリハーサルを終えた直後のTAKUYA∞と電話インタヴューをした。

■まずは、そのTYCOON TOURの話を聞きたいんですが。手応えは?

「このツアーは一度も喉を潰すことなく――あ、まぁまぁ調子悪い日もありましたね(笑)。まさに鹿野さんが観にきてくださった日とか、調子悪かったですもんね。でもあそこが一番悪かったくらいだったんです。しかも一番よかった日はその前日だって話したじゃないですか。だから最高と最低を名古屋でやったって感じなんです(笑)」

■はははは。じゃあ天国と地獄の地獄を俺はファンと共に味わったんだ。

「でも、だからこそ最高の瞬間や一体感もたくさんあったじゃないですか。凄くいい日でしたよね。あの名古屋で最低と最高の瞬間に達して、その勢いでその後もずっとツアーがいけたっていう感じです。最高に近めの感じでずっといけた」

■リハーサルの時に「出ない声帯もあるけど、それでもなんとかなるもんなんすよ」って言っててさ、本当に精神力で表現する人なんだなぁっていうのを目の当たりにしたんですけど。

「そうですね。だからね、声の調子がいいか悪いかでライヴのよし悪しが変わらなくなってきたっていうか。少しは変わってしまうこともあるんですけど、それが理由で精神的に折れていって、喉の不調で負けることなんて、もう随分とないんですね。もうそこは大丈夫です」

■それはタフになったってことなの?

「はい! 精神的にむちゃくちゃタフになったと思います。それは経験値と、不調以外のもので取り返せる武器をこの数年で見つけた感じがしていて」

(続きは本誌をチェック!)

text by鹿野 淳

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.17 by MUSICA編集部

過去最高に大胆に、ラジカルに、そして真っ向から
UNISON SQUARE GARDEN流ポップ&ロックを極めた
『MODE MOOD MODE』を全員取材&田淵全曲解説で解析

『Dr.Izzy』で俺達のUNISON!ってなったし、そこに達成感があったし、
「この人達変わるつもりないんだ、安心安心」って言ってるところに、
「え!? またこういうことやっちゃうの!?」って
やり過ぎな揺さぶりをかけるのは 楽しそうだなって(笑)。
それがこのアルバムの一番大きなポイントです(田淵)

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

(前段略)

■今作に関しては世の中に対して警戒をすることもなく、どういう曲がシングルとして出たからアルバムでどうそれを裏切るのかという変化球でもない曲が多く、アルバムっていうものに対して凄く全力でやり切った作品だと感じました。その結果、UNISON SQUARE GARDENとしての新しい王道が、このアルバム1枚で見事に作られたとはっきり感じたんですね。(中略)シングル以外にシングル的な装いもきっちりと持った楽曲がこれだけ入ってる作品になったのは、つまりこれだけのポップソング集になったのは、どうしてだと思います?

田淵「わかります。アルバムのコンセプト的にはM3とM12を入れるっていうのが一番大枠にあったんですよ。そもそも『Dr.Izzy』を作った時に、ディレクターから『おじさんはもっとポップなものが欲しいなぁ』って言われたから、『じゃあそれは次にやります!』って言ってたんで、そこはもう有言実行せざるを得ないと思って。で、M3は、『これは絶対にシングルじゃないと出さない!』っていう気持ちで僕がずっと温めてた曲なんです。“徹頭徹尾夜な夜なドライブ”の時と同じような気持ちで、この曲に関してはタイアップシングル狙うなら歌詞が難しいと言われても絶対変えたくない!って言ってたもので。だからどのアルバムにも入らなかったんですけど、今回のタイミングでポップなものが欲しいっていう時にいよいよこの曲の出番だな!と思ったんですよね」

■貴雄くんはバンド3人以外の音が大胆に導入されたこの2曲が届いた時、どういうふうに思いましたか。

鈴木「もう音を足していくことに対しても、3人が安定しているので不安はないんです。どんなゲスト・ミュージシャンが来ても揺るがない確固たるものが様々な経験で培われてきたので。今はもうなんでもできるなっていう気持ちはあります」

■それはつまり、楽曲が呼んでる音やアレンジを、より大らかに受け止められるバンドになったっていうことを感じてるってこと?

鈴木「そうですね。ライヴに関しては今後もアディショナルプレイヤーを入れるつもりは一切ないですけど、楽曲としては全然入れることはできるかなと。入れたいっていうよりは自然と入ってくるのかなっていう感じです。今まではどっちかっていうと曲が呼んでるのに入れないっていうタイミングもあったんですけど、もう今はそこに関して邪魔するものはなくなりました。自分達自身もそうですし、お客さんもやっぱり、ストリングスを入れたら裏切りと感じるお客さんってこれまでのタイミングではいたはずなんですよ。でもそこを上手く理解してもらいながら、ちゃんと信頼関係を傷つけずにちょっとずつ変化してこれたのは、僕ら3人の嗅覚であり、田淵のプロデュース能力だと思いますね」

斎藤「こういうことって、3人の個性が育ってきたからこそできることだと思うんですよ。それに、他の10曲で十分3人の超絶プレイを見せられてると思うので、逆にこの2曲でプレイヤーが入ってくれることによって、3人だけではできないようなギターであったり歌を引き出してもらったなという感覚もあって」

(中略)

■淵くんは昔インタヴューで、自分が作りたい曲っていうのは必ずしもこの3人の音だけでやり切る曲だけじゃなく、いろんな曲があるし、だからこそ曲を提供したりもしていて。でもUNISON SQUARE GARDENでは3人という限られた中でやっていく、何故ならばそれがバンドだからっていう話もしてくれてたわけですけど。今回このM3とM12でアレンジを振り切ったのはどういう気持ちからなの?

田淵「これが『売れようとした』って思われたら大変な誤解なので、そこは否定していかなければいけないんですけど。僕が何をしたかったかって言うと、『Dr.Izzy』で『俺達のUNISON!』っていう感じになったと思うし、そこに対して達成感があったという話をしましたが、『この人達変わるつもりないんだ、よかった安心安心』って言ってたところに、『え!? またこういうことやっちゃうの!?』っていう揺さぶりをかけるのは楽しそうだなっていうのが一番大きなポイントだと思っていて。『何やっても許すって言ったけどさすがにここまでは……!』ってファンが少し動揺するぐらいのものができたらいいな、みたいな。もうここまできたらUNISONは何やっても許されるだろうって思ってるし、だから次のアルバムで全然想定してないことやっても『まあユニゾンだし、いっか』って思われる自信は今もあるんだけど、とはいえ、それでもやり過ぎだろっていうところまで行きたかったっていうのは今回の狙いとしてあるんですよね。この作風はその影響が大きいかなと思います。それは『Dr.Izzy』の反動でもあるんですけど……『Dr.Izzy』であれだけ無骨なものを作った分、今回はファンがギリギリ不安になるかもしれないぐらいのところを狙うのが楽しそうだなと思ったという。『ちょっとポップなことやりまーす』とかよりも、もっとギリギリを狙うくらい攻めたいなと思ったんですね」

(続きは本誌をチェック!)

text by鹿野 淳

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.17 by MUSICA編集部

闘争の先で掴んだ新たな神髄、『梵唄 -bonbai-』。
生と死、反骨と慈愛、孤独と仲間に向かい合い、
次なる扉を開いたBRAHMANの核心をTOSHI-LOWが語る

この衝動は何かって言ったら、バンドをやってみたいと最初に思った時の、
あのピュアなところに戻ったんだと思うんだよね。
じゃあ俺がバンドをやってみたいって思った時を振り返ると……
生きていくための応援歌や闘争っていう意味の音楽だったと思うんだよ

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

■BRAHMANがこの先を歩んでいくための更新がハッキリとなされた作品だと感じました。音楽的にも、メッセージ的にも、新しい在り方を獲得されたと思うんですが。

「ああ、新しいものを獲得できてるって言われたら凄く嬉しいね。でも俺としては、むしろそれまでのものをすべて捨て切ろうっていう気持ちに近かった作品なんだよね」

■なるほど。この数年は、震災以降のご自身の役割と自覚も強められた数年だったと思うんですが、そういう責任感とは違う形で音楽をやりたかったということですか。

「というよりは……やっぱり20年以上やれば、20年分の垢がこびりついててさ。どこから来るのか謎のプライドだったり、空っぽの自尊心であったり。で、20代とは違う形で、もう1回そういう『自分の中のもの』にぶつかってみたいと思った。もちろん、震災以降の社会的な復興活動とか、困ってる人に寄り添うとかっていうのもライフワークのひとつではあるんだよ。でも、そもそも俺が歌いたいことはそこじゃなくてさ。やっぱり俺の中には、なんで生まれて、なんで死ぬんだ?っていう根本的な問いがずっとあって、それは消えないもので。そこをずっと問うてても、それをこうして歌い続けても、やっぱりずっと答えが出なくてね。けど、少しずつ答えに近づけている気もするし……じゃあもう1回、真っ向から自分の心と闘ってみたいと思ったんだよ。たぶん比べてみるとわかりやすいのは、『A FORLORN HOPE』の頃で。あの作品にも、葛藤が濃く出てたと思うんだよね」

(中略)

■まさに“真善美”の冒頭に<幕が開くとは/終わりが来ることだ>という言葉があって。終わりがあるからこそ生きている意味を問う歌は一貫しつつ、そこで<生まれ落ちた理由を/終わり消える理由を><一度きりの意味を/お前が問う番だ>と歌われているじゃないですか。つまりは、「何故生まれ死んでいくのか」という、TOSHI-LOWさんが歌って闘ってきた理由を人にも手渡している。ここがこれまでとの大きな違いだと思ったんですが、ご自身ではどう思います?

「もうさ、ひとりきりじゃ答えが出ないなんてことはわかってるんだよね。人に問うことによって、その答えを聞いて新しい問いかけになっていくんだと思う。自分の頭の中だけで『こうじゃない?』、『いや、こうじゃないの?』って禅問答を繰り返すのも変わらないんだろうけど、でも、昔みたいに人を遮断することで自分の純粋性を高めようとするのではなくて、人と交わることによって自分の異物感を感じて、それによって自分は自分であるということをもう1回感じる……そういう歌になってきたのかもしれないね」

■それは何がもたらした変化だと思います?

「きっと、ここ数年の社会との関わり方だと思う。音楽の世界以外の農家の人や漁師みたいな人とも関わってきて、仲間だと思えるヤツも増えてさ。そこで触れてきたものからも、人と触れて生きている自分からも逃げる選択肢はなかったんだよね。そうやって今周りにいる人を認識できたのなら、やっぱり『続けていく』、『生きていく』っていう意志のもとでないと、すべてはよくなっていかないんだよ。でも一方では、『死ねば終わる』っていうのがある。ならばなおさら、自分の意志で続けていくことに言い訳はしたくないしさ。それは、20代の時の刹那的だったものとは違うんだよね。むしろ、すべてが刹那的過ぎてやる気なくなっちゃったりしてたもん(笑)。どうせ死ぬのになんで?ってヘコむこともあったわけだけど……今は、いずれ死ぬんだったらやるしかねえだろって思う」

■まさに、生きていくという視点が歌にも音楽にも入ったことが、このスケール感と刷新の核にはあると思っていて。ご自身では、BRAHMANというバンドの音楽にこの数年はどう反映されたと思いますか。

「……俺達は、震災の前に1回『もうここまでだな』って音楽を捨てようとしてた時期があって。その時、結果としてはバンドも音楽も捨てなかったけど、たぶん心の中では1回諦めたんだよね。だから、1回投げ出してしまった分のスペースが空いて、そこから音楽としても人間としても再スタートできたんだろうし、震災を経たことで、自分達の見方次第で世界はこんなにも広くなるっていうことに気づけて。要はさ、自分がどうでもいいやと思ってても、それに救われてる人がいたり、俺は自分の声なんて全然好きじゃなかったけど、自分の声が好きだっていう人がこんなにいるんだって感じたりして。……で、それでやる気になったかっていうと、そういう話でもなくてさ。俺ひねくれてっから(笑)」

■はい(笑)。

「ただ、そういう人との関わりの中で思ったのは……俺が俺を一番信じてなかったなってことで。『TOSHI-LOWもっとこうできるじゃん』とか、『また来てくれよ』とか、俺が信じてこられなかった俺自身に人が期待してくれてることを受け止めた時に、『俺なんか』って言っちゃってた俺はなんて逃げてたんだろうなって思って。だから、俺でもこれだけできるんだっていうことからも逃げないって決められたのが今は大きいんだと思うし、俺の可能性っていうのは、俺以外の人との関わりにあったんだよね」

(続きは本誌をチェック!)

text by矢島大地

『MUSICA2月号 Vol.130』

Posted on 2018.01.17 by MUSICA編集部

今を懸命に生きるすべての人に捧ぐ、新たなる
「みんなのロック」にしてWANIMAがWANIMAである
理由すべてが詰まった大傑作『Everybody!!』を紐解く!

忘れることも消えることもないんですよね。けど、WANIMAじゃなかったら
僕はこういう想いを歌にできてない。WANIMAやからこれを歌にできて、
それによって僕はまた一歩踏み出せていて。
WANIMAに救われとるなって思います

『MUSICA 2月号 Vol.130』より引用

 

(前段略)

KENTA「みんなからもらったものが曲に出てるんですよね。そうやし、それを出したいとも思ってました。俺の想い、FUJIくんの想い、KO-SHINの想い、さらに応援してくれるみんなの想いを音に反映したかったんです。そうしたいなっていう時にどんどんイメージが湧いたっていう感じです」

■ちなみに最初のヴォイスメモ段階(曲作りの一番最初、曲の大元のデモ)はどんな感じなの?

KENTA「いや、あのー、もう雄叫びに近かですよ(笑)」

FUJI「うん(笑)」

KENTA「最初のヴォイスメモはもう聴いたら爆笑しちゃうぐらいめちゃくちゃなんですけど、でもめちゃくちゃながら、その時から僕の頭の中では完成形が鳴ってるんです。その完成形をふたりに伝える作業でもあって。といっても僕がバーッと言うわけやないんですけど……。特にKO-SHINとは4歳から一緒で距離が近いだけに、こうしたいんだって言わないというか、言えない時もあるんです。強がったり照れくさかったりするじゃないですか。でも、そこはふたりが感じてくれるので。で、僕も感じてくれ!!っていうビームはずーっと出してるので。ほんと凄いです。曲を作ってる時は人には見せられないぐらいの凄い時間が流れてます。でもそれが凄い大切やと思うんで。(略)だからあんま会話なくできた曲とかも中にはありますね。ずーっと音は出してるんですけど、言葉はあんまりないっていうか」

FUJI「最終的な細かい擦り合わせというか、ここはこっちにしたほうがいいんじゃないかっていう会話はもちろんあるんですけど、それまではあんまり『この曲はこうでこうだから』みたいな話はしないですね」

KENTA「即興でライヴしてるみたいな感じです。音楽は感じるものだと思うんで。目には見えない、言葉にできないものってあるじゃないですか!!」

■うん。そしてまさに、今回そこが音に出てるなと思うよ。

KENTA「そうなんです。なんかわからんけどグッとくるよなっていう、そこがこの3人は近いのかなって気がしてます。っていうのも、ずっと一緒に同じ景色を見てるからやと思うんです。この1年もずっと見てきましたし。まぁ見てるのかなって感じですけど。でも見てるんだよなと思いながら。見てるんだぞ!!って思いますよね」

■そこは見てるって言い切ろうよ(笑)。

KENTA「僕はもちろん見てますけどね…でもふたりはどうなのかって」

FUJI「いやいやいや、見とるよ!! でも僕ら、普段の生活では瞬発力はないんですけど、音楽に対する瞬発力というか、何かこう、音に対してはちょっとあるような気がしてます。ずっと手探りではあるんですけど。これはこうなんじゃないかってひたすら探っていく感じです」

KENTA「だからすっごい時間かかるんですけど」

■本当に1個1個感覚を探りながら作っていくんだ。

FUJI「そうですね。WANIMAはこの作業が大事な気がします」

(中略)

■さっきも話した通り、WANIMAが歌ってることは楽しいことばっかりじゃない、むしろ痛みや苦しさ、上手くいかないことや悔しさを歌っていて。だけど曲はいつだって凄くポジティヴなパワーを放っているし、聴いている人も自分達自身も笑顔にさせる力がとても強いよね。自分達の曲がここまでポジティヴなエネルギーを発するのはなんでだと思います?

KENTA「そういう人に憧れてるっていうのもあると思います。小さい頃からそうですけど、辛い時こそ周りを明るくするような人に憧れたのもあったりとか。……WANIMAのお客さん、みんな明るいように見えて、手紙とかライヴの表情とか見てると辛いこといっぱい抱えてる奴らばっかりなんですよね。でも、なんとかWANIMAとともに生きていこうって思って毎日全力で生きてる。そんな人達に、ただおちゃらけただけの歌は歌えないですよね。そういう歌は歌ってくれないだろうし」

■それは、自分自身にとってもそうなんじゃない? KENTAくん自身、この3人でWANIMAとして音楽を歌い鳴らしていくことによって、自分が何かを乗り越えられている感覚は凄くあるんじゃないかなと思うんです。

KENTA「それはやっぱりあります。歌詞とか作ってる時、なんでこんなことしてるんだろうって思った時期もあったんですけどね」

■それはどうして?

KENTA「めちゃくちゃ悩んでるんで(笑)。ほんと、歌詞書く時はめちゃくちゃ悩むし苦しいんです。でも、WANIMAの曲に僕も凄い支えられて生きてるんで。WANIMAをやってなかったら僕はこうはなれてない、もしかしたら早い段階で捕まってるような人生やったかもしれないし。たとえば“SNOW”だったり“エム”だったりができ上がって、聴いて、みんなに届いて……なんか自分の中にあるいろんな想いが、こういう曲を作ったことで一歩踏み出せるんです。もう一回やっていこうって思える。そういう曲達なんです」

■“SNOW”や“エム”は、まさにKENTAくん自身が自分の生い立ち、幼い頃から経験してきた悲しみや苦しさや痛み、そしてそれを今も抱えながらも諦めずにここまで生きてきたし、これからも生きていくのだということに向かい合って言葉を綴った歌だと思うんです。で、こういう部分はずっとKENTAくんが歌を歌う理由の真ん中にあり続けてきたものだと思うんですが、今このタイミングで今一度深くここに向き合った結果、今どんなことを思っているのかを教えてもらえますか。

KENTA「向き合った結果………でも、こういうのは忘れることも消えることもないんですよね。けど、WANIMAじゃなかったら僕はたぶんこういう想いを歌にできてないと思いました。WANIMAやからこれを歌にできて、それによって僕はまた一歩踏み出せていて……」

 

(続きは本誌をチェック!)

text by有泉智子

『MUSICA2月号 Vol.130』