Posted on 2017.10.19 by MUSICA編集部

夜の本気ダンス、才気煥発な一撃となる
アルバム『INTELLIGENCE』リリース!
新作で示した新境地をメンバー全員で語り尽くす

踊れるとか、そういう前につく言葉はいらなくて。
僕らは純粋に「ロックバンド=夜の本気ダンス」
って言ってもらえるところを目指してる。
変化球の挑戦をしてるわけではなく、ストレートを投げてるんです

『MUSICA 11月号 Vol.127』P.124より掲載

 

■このターム一発目のシングル『Without You / LIBERTY』を聴いた時から予感はしてましたが、これは完全に覚醒感のある、過去最高のアルバムになりましたね。今の手応えを教えてもらえますか?

米田貴紀(Vo&G)「制作の期間がタイトで、結構目まぐるしい感じやったんですよね。夏フェスとも重なってたし。その中で楽曲を作ってレコーディングして――というか作りながらレコーディングして(笑)、やっと完成した感じで。だから最初はあまり客観的にも聴けなかったんですけど、今はようやく落ち着いてきて、どういうアルバムだったのかがやっと各々わかってきた感じだと思います。前作の『DANCEABLE』と聴き比べてみると全然違うなと思うし」

■米田くん的には前作との一番の違いはどこにあると思ってますか?

米田「前作は結構狭い範囲で曲を作っていた感じがあって、その円がグッと広がった感じがするというか。もちろん前作もあの時にできる一番大きな円を作れたと思うんですけど、でもこのアルバムと比べるとかなりの差を感じますね。実際、楽曲のヴァラエティという点でいろんなことに挑戦したし。シングル3枚でいろんな方向に目標を決めてやっていったところが、アルバムにもちゃんと繋がってるかなって思いますね」

西田一紀(G)「制作期間が短いってこともあって、楽曲の制作も刹那的に行われたんですよ。だからこその危うさとか脆さみたいなものが、かえって楽曲をロックミュージックたらしめているような感覚がありますね」

■それはとてもわかります。実際、スリリングな焦燥や、だからこその爆発力が強く宿ってる曲がこのアルバムの色を作ってると思うんですけど。それにしても、そんなにも制作がタイトだったの?

西田「タイトでした。作って、米田くんが歌詞書いて、録って、フェス出て……っていう繰り返しの中でやってたんで。大変でしたね」

■ということは、客観的に曲を捉えて構築しながら進むっていうよりも、その時その時の瞬発力で作っていく感覚のほうが強かったんですか?

米田「あ、まさに。瞬発力っていうのは凄くありましたね。その場の閃きを採用することが大きかったかもしれない」

■マイケルくんと鈴鹿くんはどうですか?

マイケル(B)「米田が言ったヴァラエティにも繋がるんですけど、シングルでいろんな一面を出してこれたっていう流れがあった上で、いざアルバムを作るってなった時に各々が今までになかったところを開けた感じはあったのかなって思うんですね。僕自身、今までは割と同じリズムを繰り返す楽しさに重きを置いてたんですけど、今回はそれだけじゃ応用の効かない部分も要求されたんで。そこに対して、昔の自分だったらどうアプローチしたんだろうとか、今までの自分を顧みながら新しいことに挑戦できて。前作から1年半の間に得たものも出せたし、逆に今まではバンドで出せてなかった部分も出せたところもあって……そういう、過去の自分と今の自分を上手いこと混ぜ合わせてアウトプットできた感じがしてますね。まぁ時間的に本当に大変だったんで(笑)、正直、やってる時はどうなるんだろうって思ってたんですけど、こうやっていろんな方に音源を聴いてもらって話してる間に、自分の手応え以上に確信に近づいてる感覚があります」

鈴鹿秋斗(Dr)「今の状態で聴いてももちろんいい曲だと思うんですけど、まだまだ育てられる伸びしろのある曲達だなってことも同時に凄く感じてて。たぶんここからライヴやっていく中で、もっと育てていけると思うんですよ。もっと楽しめる余白がある感じがするというか」

■それってつまり、このアルバムを作っている間に自分自身もバンドもどんどん進化してる感覚があった、だからこそ、この曲達をライヴでモノにしていく過程でもっと広げられそうだっていう予感があるということ?

鈴鹿「夜の本気ダンスって基本は米田がやりたいことをバンドとして表現するっていう意識なんですけど、その米田が表現したいことが広がってきたことによって、自然とバンドも自分も広がっていってるっていう感覚ですね。そういう意味では確かに成長してるのかなとは思いますけど」

■このアルバム、1曲目の“Call out”は2分くらいの、短いんだけどスリリングなスピード感のある攻撃的なロックナンバーで。で、このまままずはカッ飛ばしていくかと思いきや、2曲目で早くもBPMをグッと抑えて、粘るグルーヴでクールに踊らせる“Eve”を持ってきてて。この冒頭部からして、夜ダンが以前とは違うモードに入っていることを感じたんですけど。

米田「“Call out”が先にできてて、その後“Eve”ができたタイミングで『この2曲は繋げたら面白いんちゃう?』みたいなことになって。で、どっちかのキーが半音低かったんですけど、それを無理矢理上げてでも繋げたい!って思って。だから、“Call out”が1曲目やから自然と“Eve”が2曲目やなって感じだったんですけど……確かに今までだったら1、2曲目は攻撃的な楽曲を入れていくのがセオリーだなって自分でも思ってはいたんですよ。でも今回はもっと自由に、周りをあまり気にせず、自分がワクワクすることを追求しましたね。自分が好きなバンドのオマージュだったりも入れてるし。それこそ1曲目と2曲目が繋がってるのも、アジカンの『君繋ファイブエム』の1、2曲目のほぼ繋がってる感じが昔から凄く好きで。完全にそこからのオマージュなんですけど――」

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text by有泉智子

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.19 by MUSICA編集部

打首獄門同好会、シングル『秋盤』リリース!
武道館ワンマンも控える注目バンドの根幹を、
深く鋭く紐解く

たとえばラーメン二郎の日記を書いた自分に「面白い」と合格が出れば出すし、
つまらないと思えば、病みに葬っていくだけ。
なのに、ファンの方から「ウチの子がおたくの曲で踊って止まりません」
って動画が送られてくるんです(笑)

『MUSICA 11月号 Vol.127』P.118より掲載

 

■うちの雑誌には連載ページがありまして。その中で2番目に長く続いているのが、大泉洋と毎月4時間一緒にメシを食うだけの連載なんです(笑)。そういう雑誌の人間としてまず伺いたいのは、この前のスタジオコーストでのワンマンの演出も、過去の曲のコンセプトも含め、何故こんなに『水曜どうでしょう』が好きなんですか?ということで。

「ははははは。なんでこんなに好きかと言うと……自分の中ではカルチャーショックを受けるくらいの番組だったんですよ。最初はただ友達から勧められて『ユーコン川・カヌー地獄』の企画を観てみたんです。で、最初は、お笑いコンビが外国を旅するような、ありがちな番組だと思ってたんですよ。だけど次第に『この番組おかしいぞ』っていうことに気づき始めて。ディレクターが喋りまくってボロクソなこと言ってるし、これは普通テレビでやらないだろう!っていう手法が衝撃的で。それで他の企画も観てるうちに夢中になり、気づけば、口調から何から似てくる有様でして。……なんならこの前も、『水曜どうでしょうキャラバン』っていうイベントで歌ってきたんですよ(笑)。そのイベントの初年度に『俺達も行っていいですか』って言って、アコースティックで歌わせてもらったのをキッカケにして、2年目からオフィシャルにしてもらってるんですけど」

■正式にパスポートをもらってるんだ(笑)。僕が知っている限りでは、ストレイテナーのホリエくん、MONOEYESの細美くんも、気狂いレベルで『水曜どうでしょう』のマニアで。だけど、その面白さやマジックを自分の商売にここまで大胆に取り入れるバンドマンはいない(笑)。こういう手法になるまでには、どういう経緯があったんですか?

「まずバンドの方向性として、初期段階から、自分の好きなものはなんでも歌にしていいっていう空気はあったんですね。だから、僕は『水曜どうでしょう』を歌にしたいなと自然に思って。それで、四国の八十八か所お遍路参りの企画が(『水曜どうでしょう』に)あったじゃないですか。それを観て、『これをラップにできるかも』って思ったんですよ。八十八か所の名前を並べて、『四小節の歌で二番までハマったら美しいな』と思ってたら見事にハマったので、これはやるしかないと思って曲にしたんです(“88”という曲)。で、それをライヴでやるためにお遍路の傘を四国から通販で買って、『水曜どうでしょう』のやつですよ!ってライヴで言ってたら、それが北海道の方にも知れ渡り、現地の方から『北海道にライヴで来る時に、HTB(『水曜どうでしょう』を放送している局)の見学に行きましょう』って言ってもらったので、ツアーの時に新千歳空港からHTBに直行して(笑)。ひとしきり見学した後に、その歌を収録したCDを、受け付けの人に『関係者の方に聴いてもらえたら、ありがたいです』って言って渡し、2013年に呼んでいただいたっていうのが経緯なんですけど」

■今の“88”の作り方を伺った上で失礼な質問をするんですが、大澤さんは、モチーフが決まってしまえば曲作りで悩むことはないんですか。

「いや、悩むことはもの凄くありますね」

■ですよね。それは曲からちゃんと匂ってきます。単なる衝動ギャグソングのフリして、まったくそうでないのが、打首の最大の魅力だと思うので。今話していただいたような「どうでしょうシリーズ」も、岩下の新生姜の“New Gingeration”も、“日本の米は世界一”も、“私を二郎に連れてって”も、今回の“ニクタベイコウ!”も、もの凄い推敲を重ねた結果として、そのネタを敢えて捻らない直接的な表現になっているということ?

「そうですね。たとえば“二郎~”だったら、まずはラーメン二郎の歌を作ろう!っていう気持ちまでは素直なんですけど、じゃあ二郎の素晴らしさを歌うのか、二郎の歴史や店舗を紐解いて並べていくのか、と考えるわけです。そうやって、いや違う!と繰り返し考えた結果、二郎に行く初心者の心境を歌おうっていうことになったんですよ。たとえば俺がよく二郎に行ってるって言うと、『俺も連れて行ってくださいよ!』って言う人が多いんですね。そこから『連れて行ってくださいと言う心理とはつまり、ひとりでは行けないし心強い仲間がいないと行けないんだ』と。そこからさらに、じゃあそれはどういう心意気なんだ、と考えて、そのいじらしい心理はまるで、少女漫画で告白できない少女のようじゃないかと。それを歌の主人公にして、“私を二郎に連れてって”という曲になったんです。直接的な表現にしようっていうのは最初から決まっている上で、どのベクトルから直で行くのかで悩むんです。歴史を紐解くのか、羅列するのか。そして曲調はどれだ、みたいな……このテーマを歌いたいっていうネタ重視の自分と、音楽家としての自分のせめぎ合いがあるというか。たとえば“ニクタベイコウ!”で言えば、<カルビ>と歌いたいと思ったら、それに対しても<カルビ!>と叫ぶだろうと。だとすれば、そのフレーズの掛け合いには『ダン、ドゥン!』っていう重めのリズムのほうが合うと考えるわけです。じゃあ次は、このテンポでこのフレーズだっていう順番で考えていく。さらに、それがAメロなのかサビにくるのか――そうして何パターンも並べた上で、どれだ?っていう対話が、音楽家としての自分との間では常にある。自分の中の『歌うほうの俺』がそうくるなら、『音楽家の俺』はこのメロディを用意するぞ!みたいな。自分に対するダメ出しと再構築が、延々繰り返されるんです」

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text by鹿野 淳

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.19 by MUSICA編集部

止まることなく快進撃を続けるSHISHAMO、
早くもシングル『ほら、笑ってる』をリリース。
初の劇中主題歌を手掛けた宮崎の胸中とは

他のバンドよりも経験してないことのほうが圧倒的に多いので、
そういうコンプレックスは3人とも持っていて。
でも、今はもうそんなこと関係ないなって思えてきました

『MUSICA 11月号 Vol.127』P.112より掲載

 

(冒頭略)

■今回のシングル『ほら、笑ってる』は――通常パターンで言うと、10ヵ月後くらいのスタジアムライヴを発表して、そこへのカウントダウンシングルみたいな形で、まずは第1弾としてこれを切りましたっていうパターンが多いんですけど、この曲はあんまりその匂いを感じないんですよね。

「そうですね。これは『ミックス。』っていう映画の主題歌の話をいただいて、そこから作った曲で。映画の映像をいただいたり、台本をいただいたりして書いていきました」

■完璧に映画のための書き下ろしなんだ。SHISHAMOの今までの曲もご自分のノベルを書き下ろすように作っていたけど、今回のように映画の書き下ろすっていうのはどういう違いがあったんですか?

「お話をいただいた時は、今までの作り方含めて自分の得意分野なんじゃないかなと思ったんですけど……大変でした(苦笑)。自分だけのヴィジョンじゃないというか――SHISHAMOの曲ではあるんですけど、SHISHAMOだけの曲じゃなくて、映画のためにある曲だし、その作品を司る曲になるので、私のしたいようにするだけじゃ完成しない曲だなって思って。だから大変だったし、別の曲もだいぶ作りました」

■それは音楽として大変だったの? それとも、歌の内容を作るのが大変だったの?

「うーん………全部ですね。映画を観てくれた方から『この曲しかない』って思ってもらえるものにしたいなと思ってたので。でも、やっぱり大変だったのは気持ちの部分ですかね」

■でも、宮崎はある意味職業作家的なところがあるし、自分としてもそういうことをやりたかったわけじゃない? で、実際に映画に合う音楽を書き下ろしてみて、案外難しいなと思ったのはどういう感覚なの?

「作ること自体は難しいことではなかったんですけど、気持ちの面でのプレッシャーが今までの曲とは違うわと思って、そこで悩んでましたね。気合いの入れ方が違うというか……曲を作ってもまだ探っちゃう、みたいな。実際に映画で流れる映像を観ても、なんか変な感じがしました。この映画を観に来た人達が全員これを聴くのかと思うと、なんか恥ずかしくて(笑)。なんかね、映画館で聴くのって音量が違うんですよ(笑)。それに一番ビックリしちゃって」

■そこか(笑)。

「こんなに爆音で自分達の曲を聴いてもらえるんだって思って。そんなことって、まずないなって思いました。あと、SHISHAMOを知らない人も絶対に聴くことになると思うので、それを想像した時に嬉しいなって思いましたね」

■ではその映画との機能性は置いて、SHISHAMOとしてのシングルの流れとか、この曲に込めたものっていうものはどういうものがあります?

「SHISHAMOとしては、『こういうものをこの時期に出そう』っていうことはそこまで考えてなかったですし、さっきも話しましたけど、川崎でのライヴへの流れとかも一切ないんです。ただ、いい曲を作るっていうことを大事にしてるバンドなので、どんな曲を出しても大丈夫だなって思ってたというか。映画の書き下ろしの曲がこの時期に出たとしても、そこはブレてないんで」

■僕はこの“ほら、笑ってる”は、とてもソロ色が強い曲だと思ったんです。でも、この曲で急にそうなったっていうわけでもなく、“熱帯夜”以降、宮崎の歌の世界がじんわりと表に出てくる曲が出てきてはいたんですけど、これはまさにその発展形だと思いました。

「なるほど」

■“明日も”という曲でポップをバンドでやったし、この前のシングル“BYE BYE”は、久しぶりにダイレクトなロックをバンドでやったっていう感覚が非常に出てました。そして今回は、ソロ的な要素をバンドでやったと。いい音楽を作るだけというには、とても必然的な流れがあるなあと思ったんですけど。

「言われてみるとその通りですけど、でもそこは本当に決めてないですね。これからどういう音楽をやっていくか、みたいなのは全然なくて。それこそ前回“BYE BYE”を出した時も、今までのSHISHAMOとは違うってみんな思ってたとは思うんですけど、私は常にそう思われるような曲が作れたらいいなと思ってるだけなので」

■歌の内容に関しても、“明日も”ほど設定も内容も露骨ではないけど、実は聴き手を励ましている楽曲にも聴こえる。そこが全面に出ているわけではなく、さりげなく人を励ましている。そういうところもここ最近の楽曲の中で経験したものが出たんじゃないかと思うんだけど。

「あー。そこは本当に映画の主人公の気持ちになって最初から最後まで書いたっていう感じですね。主役が上手くいかない描写が多い映画なので、綺麗事じゃなくて、上手くいかないところをたくさん描いたほうが、聴いてる人にも伝わりやすいんじゃないかなと思ったので。だから『大丈夫だよ! 頑張ろう!』みたいな励ましよりも、上手くいかない日々を送っている人に寄り添う曲のほうがいいのかなって」

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text by鹿野 淳

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.19 by MUSICA編集部

オリジナル作品としては2年3ヵ月ぶりとなる
新作『UNITY』を発表するORANGE RANGE。
NAOTOとYAMATOがバンドの在り方を語る

たとえば沖縄でエイサーがあったら、みんなゾロゾロ出て来て、
横で一緒にカチャーシーしてたりするんですよ。
音楽ってそういうもんだと思うんですよ。
いろんな壁が邪魔してるけど、本当はそんな壁なんてない

『MUSICA 11月号 Vol.127』P.106より掲載

 

(冒頭略)

■学生の時の感覚と今こうして5人で音楽をしている感覚が凄く地続きだっていう話でもあるんですか?

NAOTO&YAMATO「あ、そうですね」

NAOTO「HIROKIのポジションとかも変わってないよね?」

YAMATO「変わってないね。あいつは昔からオールラウンダーで」

NAOTO「みんなの関係性も役割も全然変わってないかもしれない」

YAMATO「学生の頃のノリがずっと続いてる気がするよね。学生で止まったまま、大人になってると思います」

■それが凄いと思うし、このバンドとこの音楽のひとつの魅力だと思うんですよ。別にずっとインディーズで好き勝手していたわけでもなく、デビューしてすぐにブレイクしてORANGE RANGEってもの自体が凄く巨大なプロジェクトになった瞬間もあったと思うんですけど、でもその中でも変わらない関係性とノリと遊び心を持ったまんま、音楽を続けられてるっていうのは、実は凄いことだなと思いますけどね。

NAOTO「自分達が好きなことしかやってないっていうのもあるよね。それが許されてるというか、受け入れられてるなって感じる安心感みたいなものもあったと思うし。だからますます自由にできるっていうか」

YAMATO「ウチらはずっといい意味でみんなの期待を裏切るってことモットーにして、いろんな幅のある曲をリリースしてきたわけですけど。去年47都道府県を回ったり、その後に追加でアジアにも行かせてもらったりした時に、ウチらの15周年をこんなにも祝ってもらえてるんだとか、こんなにもみんな待っててくれるんだとかって実感して、それが単純に嬉しかったし、改めて自分達がやってきたことが間違いじゃなかったって思えて。だから、この『UNITY』もそうですけど、今後もさらに自分達の好きなように音楽していいんだっていう自信にはなった気がしますね。そういう環境みたいなものも、変わらずにいられる要因なのかなとは思います」

■話をEPに戻すと、2曲目の“チラチラリズム”は、世の中的な意味でのORANGE RANGEという記号性が最も強い音楽性の楽曲で。15周年を経て、“ロコローション”とか“上海ハニー”的な自分達のイメージを確立した曲調を今の形で正面から提示し直すようにも感じました。

NAOTO「これは面白い話で、沖縄ファミリーマートさんから是非一緒にやりましょうってお話をもらって。で、その時に『曲は昔のORANGE RANGEさんみたいな感じで書いてください』って言われたんですよ」

■それはまたストレートに来たね(笑)。

NAOTO「そう、直だな!と思って(笑)。でもそれがよかったんですよ。やっぱりこういう曲って、今の自分達から自然発生的にはできにくいっていうか、どうしても腰が重いっていうか」

■既に一回やってることですからね。

NAOTO「そうそう。こういう曲はもういっぱい持ってるし、それにこういう曲をやるには若さとか体力が要ると勝手に思ってるし(笑)。だから、こういう機会がないとできない曲かなと思って『やります!』って言って。その結果、でき上がってみてよかったですね。逆に新鮮っていうか……こういう曲はたくさんあるんだけど、でも改めて面白かった。楽しかった。やっぱりね、自分達でも、ORANGE RANGEってこういう曲だよねみたいなーーもちろんこれだけじゃないんですけどね、でもそんなイメージはやっぱりあるんですよ。だから、今回こういう曲ができたのも、変な感覚で。セルフカヴァーじゃないですけど、自分達で疑似的にORANGE RANGEをやる、みたいな。それが変な感覚だったし、新鮮でしたね」

■そういうことをやってみた中で、自分達で「これがORANGE RANGE的なものなんだな」とか、「こういうところに強みと個性があったんだ」みたいな再発見もあったりしたんですか。

NAOTO「やっぱリフかな。ちょっとお馬鹿っぽいリフをみんなでやっちゃう、みたいな。あれが代名詞というか、常套句というか」

YAMATO「たぶんみんなが思ってるORANGE RANGEっていうのは、そのリフの部分だったりユニゾンの部分だったり、あとは下ネタだったりすると思うんですよ。実際それをチラッと出しただけでだいぶ雰囲気が変わるし。ただ、今回の“チラチラリズム”は歌詞にひとつも下ネタが入ってないんですよね。だからやっぱりあの頃とは違ってて」

■“チラチラリズム”はちゃんとメッセージがある曲ですよね。<頑なに現状維持はしたくない>とか、<男なら夢共々掴み取ろうぜ>とか、愚直なまでに直球のメッセージが歌われていて。それこそ“上海ハニー”から10年以上経った今、ただはっちゃけててノリよく面白い音楽をやるだけじゃない、今のバンドの姿勢がこういうところに出てるんじゃないかと思います。

YAMATO「そうですね、まさにおっしゃる通りだと思います。沖縄ファミリーマートさんの30周年のタイミングだったんですけど、沖縄ファミリーマートを引っ張っていってる人達ってポジション的には中堅の方が多いんですよ。ベテランでも新人でもないっていう。で、僕達ももう新人ではないし、かと言ってまだベテランの域でもない。そういう意味で、やっていることは違うけど似たような境遇というか、共感することがたくさんあって。その中で、この曲は『自分次第だから』っていうのが、一番伝えたいメッセージとして出てきて……バンドにしても夢を追うことにしても、やめようと思えばいつでもやめられるし、本当に自分達次第だなって思うことがあって。自分達はまだ今でも青春だと思ってるし、むしろ今はもっともっと貪欲にやっていきたいって思ってるんですけど、そういう中で沖縄ファミリーマートの皆さんともたくさん共感する部分があったので。そこで一緒に『もっともっと貪欲に行こうぜ』っていう熱い話をしたのがそのまま歌詞になってますね」

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text by有泉智子

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.19 by MUSICA編集部

フレデリックのポテンシャルが全面開花した
会心の一作『TOGENKYO』完成!
4人での全曲解説インタヴューで徹底的に紐解く

自分の中に現実と幻想の合間で闘ってる部分はあるなと思ってて。
今の世の中には、現実も踏まえた上での夢とかロマンスが
足りない気がするんですけど、だからこそ僕らは
そこを音楽で伝えていきたいっていう想いがさらに強くなってる

『MUSICA 11月号 Vol.127』P.98より掲載

 

■これはフレデリック史上、過去最高に素晴らしい作品だと思います。このバンドの音楽的な個性と面白さが存分に発揮されましたね。

三原康司(B)「ありがとうございます! フレデリックがやりたかったこと、形にしたかったことを、この4人になって改めて考え直したんです。武ちゃんが入ったことで、自分達のルーツにある音楽のことだったり、俺がどういう詞やメッセージを書いて、それを健司がどう歌っていくかっていうことだったりに、より深く向き合えるようになって。で、向き合った時に、やっぱり俺らは音楽で伝えるってことをやりたいんやって思って」

三原健司(Vo&G)「今年の夏フェスでも、MCどうこうではなく、大切なのは音楽なんだっていうところにフォーカスすることを心がけてて。MCを褒めていただけることもあったんですけど、それよりも『めっちゃいい歌を歌ったね』とか、『音楽だけで楽しめるバンドやね』って言われるバンドでありたいなって素直に思うようになって」

■それは逆に言えば、たとえば去年の夏頃はMCでちゃんとメッセージを発さなければっていう意識があったと思うんだけど、今はもっとどっしり構えて、自分達の音楽を鳴らせばそれで伝わるんだっていう感覚に至れているということ?

健司「そうですね、そこに辿り着くことができたし、その自信がついたと思います。『自分が引っ張らないと!』っていう焦りの気持ちとかは今はもうなくて、ちゃんと自分の歌で、自分達の音楽で勝負できるところに突入できた実感はあります」

康司「そういう気持ちやったから、今回は作る上でもテーマ云々じゃなく、完全に音楽先行、曲先行でやってて。テーマを決めてその地図通りに作るんじゃなくて、素直に音楽と向き合って、素直に自分達の中から出てきたものを曲という形にするんだっていう姿勢でやっていて。その中で自然とこの『TOGENKYO』っていう作品ができ上がった感じがあるんですよね」

高橋武(Dr)「僕も今までの作品と比較しても素直だなと思いますね。あと、お互いによりいろんなものを吸収して作れた作品だなと思ってて。今回は特に、メンバー間で刺激とかアイディアを与え合えたと思うんですよ。たとえば康司くんのドラムに対する考えを僕がインプットして叩くみたいな。そうやってメンバー同士の価値観をより深く共有し合うことができたというか。かつ、誰かから出てきたアイディアに対してみんな前よりも柔軟だったなと思います。レコーディングの現場でアレンジが変わることも結構多かったし」

赤頭隆児(G)「多かったな(笑)」

高橋「それって、メンバーそれぞれの地の力がパワーアップしてる証拠でもあると思ってて」

康司「自分達が吸収してきた音楽を曲にどう合わせてどう出していくかみたいな部分は、凄くすんなりとやれた気がするな」

赤頭「いい曲にするためにっていうところと、それぞれ自分がやりたいことっていうのが、凄く自然にいいバランスでできた感じはありますね」

(中略)

■では1曲ずつ行きましょう!

 

01.TOGENKYO

■アップテンポなスピード感のある展開で、曲が進むにつれてどんどん感情が迸っていく印象があるエネルギッシュな曲です。これはどんな発想から出てきた曲なんですか?

康司「これは何も考えず自分がその時に思った感情や感覚をそのまま出して、ただただ素直に思ったままに作ろうっていうふうにして作った曲なんですよ。『フレデリズム』を出した後、メンバーと話してる中で、考えたりフィルターを通したりせず、自分の中からパッと出てくるものをそのまま形にしたほうが、より自分らしさもフレデリックらしさもある曲になるんじゃないかって思うことがあって。それで、その時に思った感情を口に出してみたら<桃源郷 待って 待ってほら>っていうあのフレーズが出てきて、その言葉のリズムから全体を作っていったんですけど」

赤頭「曲作りのタイミングじゃない、何かのレコーディングの合間に『できたから』って言われて聴いたんですよ。突然だったからビックリしたんですけど(笑)、でもその時からもう、康司くんらしい凄くいいメロディやなって思う曲で」

高橋「この曲を聴いた時に『これはきっと康司くんが何も考えずに、素直な感覚でやりたいように作った曲なんだ』ってわかったんですよ。いつも凄く考えて作ってくれるんですけど、でも考え過ぎるとそれが足枷になる場合もあるじゃないですか。だからそれが解けたらさらにいい曲ができるんじゃないかっていうのは前から思ってて。ただ、それって気持ち的にラクになってないとできない、追い込まれてたらできないと思うから、今回康司くんがこういう曲を書けたっていうこと自体が凄く嬉しかったんですよね」

健司「康司って基本的に、自分の想いを言葉で話すっていうよりは、全部曲の形にして持ってくることが多くて。そういう、康司のいろんな気持ちがそのまま表われてる曲ってフレデリックのデモ曲にはあるんですけど、これは特にそうでしたね。しかも、最初に“TOGENKYO”っていうタイトルを見た時は、新しいものができたっていう曲なのかなって思ったんですけど、実際に聴いてみたら、その新しい桃源郷を作るまでの過程を歌ってる曲やなという印象で。ということは、このデモをバンドで育てて完成させて、そこからさらにライヴをやっていく中で、新しい桃源郷を生み出せるんじゃないかっていう期待がめっちゃ出てきて」

■康司くんから出てきた桃源郷に行くんだという想いや願いを、バンドとしてちゃんと実現させようっていう気概が改めて強く生まれた、と。

健司「そうですね。バンドとしてそこに連れていってあげたいっていう気持ちもありました」

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text by有泉智子

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.19 by MUSICA編集部

UNISON SQUARE GARDEN、
3ヵ月連続でのメンバー個別連載取材を敢行!
ユニゾンの頭脳・田淵と交わすロック論考談義

もしメンバーにアニメ嫌いがいて、タイアップ毎に
そいつの精神が病んでいくのなら、そりゃやらないですよ(笑)。
だけどそういう空気はないし、目に映る範囲のみんなが楽しめていれば、
楽しくロックバンドを続けられる

『MUSICA 11月号 Vol.127』P.92より掲載

 

(冒頭略)

■今回、3ヵ月連続で3人それぞれにソロでご登場願うんです。それぞれのタイミングで作品と個々の話を聞くというテーマで掘り下げたいんですが、ブチくんに訊きたいのは、ご自身はツンデレな人なんですか?

「ツンデレ……? 何をもってそんなこと訊くんですか(笑)」

■意地もあるし捻くれている部分もあるのに、音楽にもバンドにもファンにも圧倒的なサービス精神を持っている。それが混在していることによって、結果的にわかりにくいと言えばわかりにくいんですけど、それがあるからこそユニゾンの音楽になっているわけじゃない。“fake town baby”の話でいけば、同じアニメのタイアップだった“シュガーソング~”を意識しなかったと言いつつ、しっかり<甘いか苦いかは君が決めろよ>っていう歌詞があるじゃないですか。ちゃんと“シュガーソングとビターステップ”を意識したキーワードを入れるわけですよね。

「ははははは」

■これはきっと、それを喜んでくれる人の顔が見えているからだと思うんです。そういうめんどくさい両面性みたいな部分が面白いと思うんだよね。

「まあ、これも見方によれば、『昔出した曲と同じ言葉を使った語彙のないヤツ』って思われる可能性もありますけど――」

■ちょっと待て、そんなこと誰も言わないだろ(笑)。

「いや、ユーザーっていろんなタイプがあるから(笑)。僕が『これが正しい』と思っていることでも、それが嫌でファンを辞めた人だって絶対いると思うので。でも、やっぱりどういう時も『僕がユーザーだったらどう思うだろう』っていうのを基準にしてる気はするんです。たとえばミステリー小説の流儀で言えば、前のシリーズの登場人物が続編の意外なところ出てきたら、俺だったら少なくともニヤリとするなあっていう。だから全部においてのモデルユーザーは僕自身なんですよ、結局はね。で、それがもし鹿野さんが言うところのデレならば、もしデレ100%に見られたらクソダサいとも思うわけです」

■そういう田淵くんがバンドを組んだのは、バンドのどういうところがいいなあと思ったからなんですか。

「当時は、バンドやれてれば毎日が楽しい!みたいな感じで何も考えてなかったと思いますけどね。当時から、売れたい思うより、とにかくバンドができていればよかった感じでしたね。で、THE HIGH-LOWSのドキュメンタリーDVDを観て、そこで、ブレないバンドってカッコいい!っていうロックバンド憧れが生まれたのはデカかったと思うし。そのHIGH-LOWSのスタンスが、今の自分に近かったと思うんですよ。曲を作れてライヴできればいいんじゃん?みたいな。で、そういうバンドを自分ならできそうだった感じがしたと言いますか……それにベースだったら、別に努力しなくてもベースを弾いていること自体で上手い人っぽく見えると思ったんです(笑)。いい曲を作るために努力するぞとも思わなかったし。『これなら努力しなくてもできる』っていう分野だったから始めたのかもしれないですね、バンドを。そこから斎藤くんにオリジナルバンドをやろうと誘われたわけですけど、オリジナル曲をやるとなると、やっぱりニョキニョキと湧いてくるものがあったわけですよ(笑)。それで作ってみたら、実際に曲も量産できちゃった。その頃があったことによって、今の自分ができ上がっているところはあって。だから、今こうして作曲の立場にいられているのは、『元々努力しなくてもできたから』っていうのが大きい気がします。メジャーデビューすることになった時も、プロになるつもりでやってたわけじゃないから、『これでいい曲だって言ってもらえるんだ!』って普通に思っただけで、ヒョイと入っていったし」

■プロにならなくてもよかったっていうのは、社会人やりながら趣味としてバンドを続けているのでもよかったっていう意味なの?

「いや、そういうわけでもないかなあ。認められてなかったら、それはそれで飽きてたとは思うんですよ。どうしても就活の波はきたし。ただ、僕は当時から自分の曲が超好きだったし、僕がいいと思うものをメンバーもいいと言ってくれたし、変な大人の人が『君達のバンドはいいよ』って言ってくれたから、これでいいんだ!と(笑)。それでフラーッと流れていっただけで。まあ、順番はどっちが先かわからないけど、とにかくバンドが好きでバンドがやりたかったから、努力しなくてもできる分野がバンドの中にあったんです。僕だったら作曲や作詞ですよね。自分にそういう才能があると思ったから続けてきたので」

■自分自身に才能を見出したのは、曲作りの部分なのか、ベーシストとしての自分になのか、もしくはバンド全体の核としてなのか。

「うーん……ベースの才能でないのは確かですね。今に関して言えば、身の丈に合ったバンドの続け方に対する嗅覚が自分の才能だと思っていて。で、そういう才能に気づけているから、お茶の間にウケない曲を書いていても『俺、天才』って言えるわけですよ(笑)。だって、僕がもし『お茶の間にウケたい人』だったら、こんな曲書いてちゃ才能がない人になるんですよね。お茶の間にウケる曲を書きたいと思っているのに、実際に書く曲はお茶の間にウケないわけだから。だけど、僕が僕に才能があると思えるのは、お茶の間にウケない曲を書いていても、この分野だったら勝てるっていう感覚に気づけたってことだと思うんです。それがバンドを長く続けるための重要なファクターだし、そのための選択ができるセンスも立派な才能なんだと思ってます」

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text by鹿野 淳

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.17 by MUSICA編集部

奇跡のような「蒼き日々」に終止符を打ったplenty。
日比谷野外大音楽堂でのラストライヴに完全密着

果てなき広野に僕だけの世界、僕らの世界を追い求め続けた、
かけがえのない蒼き日々の終わり――
2017年9月16日、plentyラストライブ「拝啓、皆さま」密着

『MUSICA 11月号 Vol.127』P.70より掲載

 

(前半略)

 ラストライヴ当日、メンバーは14時集合で最後の舞台である日比谷の野音へとやってくることになっていた。

 14時を回った頃に楽屋へ行った時、そこにはもう郁弥と新田がいて、少しだけ遅れて一太もやってきた。みんな特に変な緊張感もセンチメンタリズムもなく、いつもと変わらない表情で、いつもと変わらずにごくごく緩やかに時間を共有しながら、それぞれの時間を過ごしてる。

 楽屋の壁に、ちょっと大きめのパネル写真が飾られている。そこにはお客さんのいない状態の野音の全景が写されていて、ステージと客席を囲むようにしてplentyの歴代のすべてのアーティスト写真がプリントされていた。デビュー時の写真が目に止まり懐かしいなと思って近づいてみると、そのパネルにはたくさんのメッセージが寄せ書きされている。東京圏の担当イベンター会社のスタッフ達からの、今日のラストライヴへの激励と、そして今日で解散する彼らへの感謝の言葉達だった。こういうメッセージは、何箇所か訪れたラストツアーの現場でも見た。愛されてるな。手書きのメッセージを見ながら「みんな最後になってこんなに愛を見せられてもさー」なんてことを言う郁弥の顔は、けれど、とても素直な笑顔だった。

 サウンドチェックまでゆったりとした時間が楽屋に流れている。新田はいつものようにひとり喫煙所に向かったり。一太は穏やかな表情で楽屋の椅子に座っていたり。郁弥は今日の終演後に流すSEについてスタッフとやりとりしたり。あのパネル以外は、いつもの楽屋風景と変わらない。

 ステージを覗きに行くと、喫煙所に行ったと思っていた新田がそこに座ってた。6月にラストツアーの福岡〜鹿児島公演を観に行った時、新田が「いつも通りにしようとは思ってるんですけどね。俺、元々そんなに楽屋で過ごさずに、ひとりでベースいじったりタバコ吸ったりして過ごしてるんですけど、今回もそういう、今まで通りの感じで過ごしてて。でもやっぱり、ライブ中は今までとは違う思いが巡って……でも、それでいいんじゃないかと思いながら弾いてます。今を大切に生きるっていうか、そういう感覚で弾いてます」と話してくれたことを思い出す。

 今日の進行表ではサウンドチェック〜リハーサルの開始予定時間は15時30分だったのだけど、14時50分くらいには郁弥と一太もステージに出てきて、楽器を触ったりスタッフと雑談をしたりしている。どんよりと曇った空を見上げながら、「いつ頃から降るのかなぁ」と口にした郁弥に、スタッフが「本番は確実に雨予報だけど、リハはもつかもね」と同じく空を見上げながら答える。「最後の野音も雨なんて、plentyらしいよね。でも俺はほんとは晴れ男なんだよ!」と、郁弥がまったく説得力のない言葉を放つ。

 15時18分、サウンドチェック開始。ドラムの外音(客席側のスピーカーからの音)が鳴り始めたところで、ポツポツと冷たいものが顔に当たった。近くにいた新田が「やっぱり降ってきましたね」と苦笑しながらステージに登っていく。小雨だけど、本当に降ってきた。凄いタイミングだ。

 15時43分、最後のリハがスタート。最初に奏でられたのは、“理由”。リハと言っても、事前にスタジオに入っているので、楽器やエフェクターなどのPAチェック的な目的が主だから、全曲がっつりやるわけではない。でも、今日は最後のライヴ。今日が終われば彼ら3人でplentyの曲を鳴らすことはない。さっきの楽屋でスタッフから本番のセットリストに入ってないけど聴きたいとリクエストされてた“プレイヤー”と“幼き光”を演奏。そう、なんだかんだ優しいのだ。

(続きは本誌をチェック!

text by有泉智子

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.17 by MUSICA編集部

結成30周年を迎えたスピッツのツアー
「THIRTY 30 FIFTY 50」。
偉大な歴史に積み重ねられた「今」を綴る

奇跡に最も近い姿勢と魔法に最も近い音楽で、
結成30年を迎えたスピッツ。
彼らの今までと現在が見事に描かれた、
バンド史上最大ツアー「THIRTY 30 FIFTY 50」。
かつてない鮮やかなライヴで
スピッツ絵巻を披露したライヴルポと、30周年に寄せて――

MUSICA 11月号 Vol.127P.64より掲載

 

有泉「惚れ惚れしますよねえ」

鹿野「え、何に?」

有泉「スピッツの話をするんですからスピッツに決まってるじゃないですか」

鹿野「え、スピッツに惚れ惚れするの? なんで?」

有泉「いきなり敵を増やしてどうするんですか、鹿野さん。誰だってあんな素晴らしいライヴを観せられたら惚れ惚れしますよ」

鹿野「そうなんだ。いや、素晴らしいライヴだというのはよくわかるし、素晴らしいバンドだというのも言うまでもないことで。今でも若手のバンドからリスペクトされたり、活動の姿勢の目標にされるって相当凄いことだと思うんだよね。でも、惚れ惚れはしない。まったくしない」

有泉「何故ですか?」

鹿野「だってスピッツのライヴだよ?」

有泉「それじゃまったくわかりません」

鹿野「そもそも彼らにとってライヴというのは、最大の難所だったわけだよ」

有泉「鹿野さんはよく、昔のスピッツのライヴは酷かったんだと話をされますが」

鹿野「そうだね。もちろん、彼らは売れてブレイクする前から一貫して楽曲はいいわけ。だから曲を聴きに行くという意味ではライヴを酷いというのは誇張表現なんだけど、まあ一言で言えばその楽曲が可哀想なライヴだったんだよ。だって楽曲は影とか翳りゆく何かとか陰の裏にある――」

有泉「さっきから全部『かげ』で変換できる言葉ばかりですが」

鹿野「あとは陽炎的なとかかな。そういう必ずしも前向きではない表情を持っていたけど、でも凄い表情を持っているわけじゃない。それなのに、みんながみんな下を俯いて居心地悪そうにやっているだけで。しかも、その俯きがちな部分に、UKのシューゲイザーのバンドやマンチェスター勢のようなアイデンティティがあるわけでもなく。とにかく観に行った人が心配をして帰ってゆく、そしてその心配故にまた観に行ってしまうという、ライヴに関してはそういう妙な中毒性でファンを繋ぎ止めていたバンドなんだよね」

有泉「なるほど。ある意味、それも凄く濃いコミュニケーションですけどね」

鹿野「だから僕はスピッツに惚れ惚れするとかいうことを、なかなか感じることができないんだよね。これって昔から彼らを愛してきた人には割と多い感情だと思うんだよ。未だに何かがスピッツは心配だという」

有泉「たとえば、ベースを弾いいたままの田村さんの暴れっぷりとか?」

鹿野「あれは逆に、その俯き加減のパフォーマンスが失礼だと思った田村くんなりの切実なパフォーマンスだったと思うんだよね。確かに恍惚の表情を浮かべてはいるけど、でもあれは何とかしなきゃ、お客がライヴに求めているエネルギーをどうにかして自分なりに出さなきゃという神経質で気を使う彼なりのサービスだと僕は思ってる」

有泉「というかそういう話を聞いても、やはりスピッツって奇特なアーティストですよね」

鹿野「そうだね、奇特の極みだよね、スピッツは。今回のアニバーサリーツアーだって演出的にとても奇特だったじゃない、LEDヴィジョンとか」

有泉「あれはびっくりしました。今回のツアーはスピッツらしくないほどの巨大なLED映像パネルがステージ背景に登場してましたよね。私、あの感じも含めて、ハードロック的なニュアンスを今回のツアーから感じましたよ」

鹿野「ん?」

有泉「照明も、繊細さはありつつ今までのツアーよりも大胆にして豪快でしたし、サウンドもなんか筋肉質になったというかダイナミックな印象があって、ハードロック的なものを感じたんです」

鹿野「なるほどね、それは面白いね。まず今までの彼らはあそこまでLEDヴィジョンを使ってこなかったよね。それを今回使ったということにはきっと、このツアーが30年間を振り返る意味合いがあるってことと、バンド史上最大スケールでのツアーに踏み出したってことが大きいと思うんだよね。まずは記憶と記録をちゃんと感じてもらおうとした時に、LED画面というのは便利だし、過去の特定されたツアーを感じることもないから逆によかったと思うんだよ。で、ハードロックを感じたのって、たぶん、赤色とか茜色とかが多かったからじゃないかと思うんだよね」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳×有泉智子

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.17 by MUSICA編集部

BUMP OF CHICKENのツアー
「PATHFINDER」に完全密着!
北海きたえーる公演を徹底ドキュメント

12ヵ月ぶりのツアー「PATHFINDER」開幕!
開拓者、火星探査機という意味を持つツアータイトルがもたらすものは?
新たな4人の息遣いに触れる、本誌名物独占企画「ツアー完全密着」
まずはツアー2ヵ所目、924日札幌きたえーる編

MUSICA 11月号 Vol.127P.52より掲載

 

(前半略)

 早朝9時に早くもきたえーるに着いてしまった。

 随分早く着いてしまったと思い、スタッフ含め、お客さんなんてひとりもいないだろうと思いきや、札幌駅から地下鉄にはしっかりバンプシャツを身に纏った人々が乗り込んでいたし、既に50メートル以上の人々が、会場横のグッズ売り場に行列をなしている。

 楽屋に入ると、ちょうどPAスタッフが入るところで、「こんな時間に来たってメンバーはあと2時間来ないし、鹿野さんの仕事はご飯食べるしかないよ」と笑われたので、まずはおっしゃる通りご飯を食べて会場の雰囲気を見ながらお腹も心もいっぱいになる。大会場の、しかも2日目の朝方というのは、既にそこにたくさんの人が準備にかかっているのだけど、でも初日ほどバタバタしていないし、それなりにみんな疲れているしで、とても不思議な雰囲気に包まれている。

 ちなみに筆者はスタート地点である幕張メッセを観ていないので今回がこのツアー初参加となるが、ステージを眺めるとここ最近のアリーナ&ドームツアーと比べてシンプルに見えた。そう、シンプルでダイナミックなステージデザインに見えたのだ。が、楽屋口の駐車場には20t超えのいわゆる特大トラックが24台もそびえている。わかりやすく言えば、これだけのトラックがすべての機材を乗せて全国を走る巡るわけで、それはもういうまでもなく大ごとである。24台のうち、多くのトラックが赤色なので、まるで火事現場に消防車が集まっているようにも見えた。昨日の札幌は北上した雨前線により豪雨が降り注ぎ、メンバーもスタッフも「幕張メッセからそのまま北海道に豪雨を運んでしまった」と苦笑いしていたらしいが(幕張メッセの2日目も相当な豪雨の中で開催された)、今日は完全に晴天なり。きっといいライヴになる気配しか漂っていない朝だ。

 PAスタッフと雑談していると、今回のツアーは最初から調子がいいし、会場全体含めて、いつも以上にいい雰囲気で楽しいと話す。調子がいいのはもちろん偶然ではなく、ツアー前のリハーサルの時間や気合いの入り方が素晴らしかったからなんだということを朗らかに話してくれた。

 そんな中であっという間の1102分。4人一緒に1台の車で入ってくる。そのままフジが各スタッフのところにおはよう挨拶をしながらご飯チェックをし、チャマとヒロと升は楽屋で待ち構えてリハーサルの曲決めをしようとしている舞台監督と共に「フジくーん!! どこ行った??」とおどけながらフジを探し、その声に反応して帰って来たフジと一緒に「今日はどの曲をリハーサルでやるのか? 本番のセットリストも本当にこのままでいいのか?」を決める。

 同じ場所での2日目のライヴだし、そんなに確認ごとが少なそうな雰囲気で会話は進んでいくが、11曲丁寧に確認をしていく。

 みんなそれぞれどこにその曲の注意点を置くか?という話をするが、その時に4人ともよく、「コーラス」の話をしていた。今回のツアーも随分と事前リハーサルを重ねて気合いが入っているので、すでに演奏面はそれぞれ自分の「型」への確信はできているようで、後はコーラスをしっかりその会場ならでは、もしくはこの日の喉の調子ならではの感覚で合わせたいようだ。もちろんいい演奏をすることは必然だが、それと共に「いい歌」を「みんな」で響かせるのが今のBUMP OF CHICKENだと思わせてくれたのは、WILLPOLISツアーの中盤ぐらいからだろうか。今回のツアーもそれを万全の状態で響かせようと入念に話し合っている。

 そんなリハーサル&本番確認が終わると、テーブルを囲んでの「ご飯会」が始まった。

 正午。升とチャマのリズム隊がご飯を食べながら、ずっと“embrace”を聴いて、口ずさんでいる。「久しぶりに聴くと、面白い展開だよな」、「ライヴだと大体62ぐらい(BPM、リズムの速度)がちょうどいいんだよね」と会話しながら、コーラスのハモリのところになると、綺麗なファルセットヴォイス(いわゆる裏声)でチャマが音源に合わせてハモっている。時折「うーん」と言いながら、何度も何度も聴いてはハモる。

<明かりの無い部屋で 言葉もくたびれて/確かなものは 温もりだけ>

 「抱擁」という意味を持つタイトルで、強い意志が強い覚悟を持って、敢えてゆらゆらする船を漕ぐようなリズムの上を強いメロディでなぞる名曲だが、その曲が楽屋で何度も何度も流れ続けている。その横で、ご飯を食べ終えた升が、馴染みのゴムパッドをタカタカ叩き始めた——と思いきや、そこにマネージャーが「白飯」を持ってくる。まさかのお代わりである。そのお代わりくんを淡々と見つめながら、今度はチャマがベースのチューニングを始めた。そして今度は、ベースで再び“embrace”を奏で始めた。ちなみに先に話しておくが、この日のセットリストに“embrace”とはどこにも書いていない。選曲候補にあるの?と問うてみると「まあ突然ね。実は事前のリハーサルでもやってこなかった曲なんだよ(笑)」と意外なことを話してくれた。

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA11月号 Vol.127』

Posted on 2017.10.16 by MUSICA編集部

10-FEET、5年ぶりのアルバム『Fin』は
キャリア最高にしてロック史に刻まれる大傑作!
真っ向から問うTAKUMAの本音と真実

認められることって、生きる理由になるぐらい嬉しいことだと思うんですよ。
でもイコール、それがないことは凄く悲しいことで。
その認められへんとか、そんなふうに誤解されるんやとか、
そういう思いを素晴らしい音楽にしたかった

MUSICA 11月号 Vol.127P.32より掲載

 

■まずはおめでとうございます。これは久しぶりにアルバムが出ることの「おめでとうございます」じゃなく、こういう作品が世の中に出たことがおめでとうございますという気持ちを込めて言わせていただきます。

「ありがとうございます。今の段階でやれることはできたんじゃないかなって思ってます。前まではいろんな自分にできることがある中で、その一つひとつが成熟した形でないと音源として出したくなかったんですよね。でも今回は成熟しててもしてなくても、あるものを全部その時その時のベストで、60ぐらいの成熟度でも60がベストならそれで出したいっていう。前まではそういうのは出したくなかったんですけど、今は持ってるものを一番ベストな形であればそれが100点で出せるぐらいの気持ちでやれたっていう。そういうふうに思えてできたのがよかったと思います。今回のテーマづけっていうのが、『音源制作はこれが最後の作品になるかもしれないという気持ちでどれだけ向き合えるか?』やと思ったので、そう思うといつかできるようになったらとか、次とか、そういう選択肢がきれいになくなって。今出せるものを全力で出すのが世に出すべき姿なんじゃないかなって思えて」

■もしかして今、質問する前にアルバムタイトルの理由を言ってくれちゃってます?

「いや(笑)、そこにも結びついてますけど、今回の制作を始めた時からずっと思ってたんで。タイトルにもそういう意味合いは入ってますね。これが最後やと思ってやらなっていうのはずっと思ってて」

■一応手続きとして確認しますが。別にこれで音源レコーディングをやめるわけでもないし、バンドが長期休むわけでもないですよね。

「はい、そんなことも別に決めてないです。そういう意味のアルバムタイトルではないです。ただ、そういう確固たる覚悟があって臨んだというのはあるんです。活動休止したり音源制作をやめるっていう予定はないですけど、結局これが最後や、今日が最後やっていうのはどこまでいっても今まではポーズやったなと思って。今まで『これが最後やと思って』って口にしてきたことを否定することはないんですけど、でもほんまにこれでやめるぐらいの、これでもう音源が出せないとか出さないとか、そういう気持ちにどれだけなれるかやと思ったんで。ライヴでも普段の生活でもよく『今日が最後やと思って』とか、『明日生きれへんかもしれんのやから』っていう言葉を耳にするし自分も口にしてきましたけど、どっかにそんなことないとか、安心とか安全とかがあるのは普通のことなんですけどね、それをどれだけポーズじゃなくするかというか。これ出してあかんかったらとか、これ出してダメになったらとか、これ以降もう曲が作れなくなったら、それでも飲み込めるようなものというか。あくまでもやめる予定ないですけど、ほんまにこれで最後でもいいという作品を作りました」

■今ふと思ったんですけど、ここ何年間かライヴでよく1曲目で「この曲で終わりです!」ってMCして、「あとはアンコールです」ってやられるじゃないですか。あれ、こっち側としてはずっとギャグだと思ってたんですけど、実は今言ったことと繋がってるし、本気だったの?

「あれはギャグです(笑)」

■はははは、失礼しました。タイトルの話に戻りたいんですけど、まず『Fin』というタイトル先行で世の中に告知され、僕がそれをリツイートした時、「まさかここで終わってしまうんじゃないかという不安でモヤモヤしてるんですけど、鹿野さんどう思います?」みたいなのが何通か来ました。たぶんご自分でもそういう風は感じたと思うんですけど、どう思いました?

「そう思う人はきっといるだろうなと思ってたんで。いつもの自分やったらみんなが勘ぐってしまうようなタイトルは選ばないと思うんですけど、今回自分が音源でやりたかったことのテーマと、ヒレっていう意味合いが凄く気に入ってたので、泳いでかき分けて前に進んだり方向変えたりとか、最初に『Fin』でよぎったのは足につけるラバーのフィンなんですけど」

■ボディボードやスキューバーダイビングでつけるあれ?

「そうです。あれ着けて泳ぐといつも出せへんスピード出せるし、より深いところに潜って行けるし。でも自分で漕がなくちゃいけない、そうしなきゃ進まないし方向転換もできないし潜ることもできない、そういう音源になったらいいなとも思ったし、そういうふうに自分を助けてくれたいろんな人への歌があったし。落ち込んでる時に音楽聴いたら元気出るけど、最終的にはその音楽とか歌ってる人がなんとかしてくれるわけじゃなくて、結局そこでもう1回やってみようとか、負けないぞとか決断したり取り組んでいくのは自分自身なので。そういう気持ちになれるかどうかがすべてを分けるので、音楽、歌って凄いなと思いながら、そういう音源を作りたい、それがヒレというフィンでもあり、これで最後になってもいいという作品を作るというもの凄い覚悟があったんで、少々勘ぐられてもそのタイトルにしたかったっていうのが凄くありました」

■最初にこのアルバムを聴いた時、何が素晴らしいと思ったかというと頭3曲だったんです。頭3曲でこのアルバムがある意味完結している。それは曲順のパワーももちろんあったと思うし、ここまでのシングル3枚とは浴びるテンションが違って攻撃的だったりハイパーだったりするところが、ちゃんとアルバムを届けにきたなっていう。音楽的な話としては今回総じてどういうアルバムを作ろうと思ったんですか? 

「自分がいっぱい詰まってるものでもあり、それイコールみんなが詰まってるものになればいいなと思ったのと、あとは音楽的にスマホゲームとかプレステとか、あとはキャンプとか飲みに行ったりとか、そういうのに負けないぐらい楽しいものになったらいいなとも思ってました。いつもそうなんですけど、楽しいものでもあり思いが伝わるような作品っていうのは着地地点を見ながら作ってもなかなかそうはならへんのかなと。だからアンバランスになってもいいからとにかく全力で作ろうと思って曲を作ってたんです。全力でやったら、10曲ぐらいまったく同じ曲になっても11個伝わるんちゃうかなっていうぐらいの、それぐらい今回制作してる時の自分っていうのは信用できてたかもしれないですね」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA11月号 Vol.127』