Posted on 2016.02.18 by MUSICA編集部

中村一義、約4年ぶりのアルバム『海賊盤』で堂々帰還!
時代を射抜くポップ集から彼の境地を見る

まっさらな状態で、なんのカッコつけも装飾もしない
中村一義がみんなの前に出ていくことによって、
お客さんもそういうまっさらな状態になってくれるんですよね。
それを1個1個確認していったからこそ、
この作品で<僕ら>って言えるようになったんじゃないかと思います

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.112より掲載

 

■『海賊盤』、本当に最高の作品でした。前作の『対音楽』から4年ぶりのリリースになりますし、ビクターに移籍されてから初めてのアルバムなんですけど――バンジョーみたいな楽器も含めて、音色の多彩さや多重なコーラス感に顕著な通り、新たに組まれた「大海賊」という11人編成のバンド感が凄くストレートに鳴っていて、凄くフレッシュなアルバムになったなと思いました。まず、『対音楽』をリリースしてからこの作品に至るまでの経緯からお聞きしたいんですけど。

「4年前にリリースした『対音楽』って、僕なりにベートーヴェンと対峙しながら、ベートーヴェンの1番から9番までを再解釈して作っていくっていうアルバムだったんです。ベートーヴェンって、僕が生まれた時からのルーツなんで、『対音楽』という作品ではそういう試みをしたんです。でもそれって、振り返ってみるとファーストアルバムの『金字塔』でやったことと近しいなって思ったんですよね。『金字塔』も自分と徹底的に向き合ったアルバムで、表現方法としてただ自分の内側から外に攻めていくのか、逆に外側から表現を突き詰めていくかの違いだったなって気づいて。そう考えていくと、『金字塔』から『対音楽』までで自分の表現したいサーガが一巡したんじゃないかって思ったんです。そこで『対音楽』をリリースし終わった時に『音楽辞めようかな』っていう感じになったんですよね。僕、やることなくなったらバッサリ辞めるタイプなんで」

■それって、「もう表現することがなくなった」っていうネガティヴな感じだったのか、「自分の表現したいことは出し切った」っていうポジティヴな感じだったのか、どうだったんですか?

「圧倒的に『出し切った』っていうポジティヴな感じでしたね。というか、『金字塔』作った後も『この1枚で音楽辞めよう』と思ってたんです。でも、『太陽』っていうセカンドアルバムを出した時に、大体の自分が向かう先――つまり、『いつかはベートーヴェンと向かい合うだろうな』っていう想いが芽生えてきて、自分としてもそれを頼りに活動してきたんですよね。なので、『対音楽』でベートーヴェンと対峙するところまで行き着いたんだったら、俺はやることやったなって思ったんです。でも……自分が今までやってきた『金字塔』から『対音楽』までを俯瞰した時に、自分が何をやってきたかって言うと、やっぱりさっき言ったサーガみたいなものを作ってきたなって思ったんですよね。要は、ライヴよりレコーディングアーティストっていう表現のほうに力を入れていて、それ以外のことを主力に考えてやったことはないんですよね。だから、中村一義としてすっからかんの状態で、ライヴでみんなとコミュニケーションをとることって、今までそんなにしてこなかったなって気づいて。じゃあ、今までの『金字塔』から『対音楽』までの曲を持って、みんなに会いに行くのもいいんじゃないかと思いまして。そこで100sのギターの町田(昌弘)を連れて、『まちなかオンリー!』っていうトーク&アコースティックツアーを周り始めたんですよね(2013年から2015年まで、3度にわたって開催)。やっぱりお客さんとコミュニケートするために、僕を媒介にして今まで作ってきた音楽を表現したかったんですよね。アレンジ云々は取っ払って、時にはシンガロングして、時にはじっくり聴いてもらいながら1曲1曲を極端に聴いてもらえるのって、やっぱりアコースティックが適してるかなと思ったんですよね。曲を丸裸にした時に、お客さんの反応も極端に出てくるし、その反応がダイレクトに伝わるのはアコースティックが適してるかなって思ったんで」

■逆に、『対音楽』でご自分の表現が一周したからこそ、次はなんでもできるなって感じだったんですか?

「そうですね。開き直りじゃないですけど(笑)、何やってもいいんだなっていうのは、1回目の『まちなか~』回る前に思いましたね。僕、今までやったことないことが大好きなんで、このタイミングではそういう新しいことができるなって思ったんですよね。『まちなか~』のステージでは、本当落語家さんが枕で客いじるみたいな感じだったんですよ。今回のリード曲の“スカイライン”って、お客さんのコーラスをそのままレコーディングしてるんですけど、上から目線で『お前ら、声小っちゃいな~!』って言うみたいな(笑)」

■はははは(笑)。それは確かに中村さんとしては新しいですね。

「毒蝮(三太夫)さんが舞台から客いじるみたいな感じでしたからね(笑)。でも、そういうバカなカッコよさみたいなところが出せたのはいいなって思えました。で、最初の『まちなかオンリー!』の後、Hermann(H.&The Pacemakers)から川崎の自分達のイベントに出てくれないかっていう話をもらったんですよ。Hermannもその時再結成したばっかりの時で、『音楽辞めようかな』って思った後にライヴをまた始めた自分と近しいところがあって、ノリが合っちゃったんですよね。そしたら、実際に凄く反りが合ったというか、状況が同じだったから出る音も同じだったんです。で、そのイベントも無事成功に終わって、『じゃあ、ツアー行っちゃおうか』っていうことで、Hermannのメンバーと一緒に(岡本洋平、平床政治が参加)、バンドスタイルでツアーに行くっていうことになったんですよね。その時につけたバンド名が『大海賊』って名前でから始まって。そしたら、だんだんメンバーが増えていって、最終的に僕入れて総勢11人という大所帯のメンバーになったんです。プラス、うちの魂(ゴン)っていう愛犬もメンバーになったんで、11人+犬1匹というバンド編成になりまして(笑)――」

text by池上麻衣

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.18 by MUSICA編集部

ヒトリエ、『DEEPER』で近作の変革が遂に結実。
その進化の所以を紐解く

「人と上手くコミュニケーションができない」とか
「あいつのことが嫌いだ、妬ましい」とか、
そういうものがもの凄く根底にあるんですよね
……切迫感とか不安をひっくるめた自分の存在を、
たぶん僕は肯定してあげたいんだろうなっていうのを凄く感じてます

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.98より掲載

 

■『モノクロノ・エントランス』以降のバンド内部の変革と進化が大きく結実した、新しいフェーズを開くアルバムですね。今回は音楽的に明白に新しいアプローチをしているものがとても多くて、そして同時に、wowakaくんのパーソナルな部分も今までより色濃く出てきている作品になってると思うんですが、ご自分ではどうですか?

「本当におっしゃる通りですね。自分でもまさにふたつの切り口があると思っていて、そのひとつはバンドの音楽的な部分。今回はリズムアプローチとかアレンジの部分はバンドに委ねた部分が多くて、だから自分でも知らなかったアプローチがどんどん出てきた感じなんです。それこそデモの状態とは全然違う形になった曲も結構ありますし。今までアレンジは僕が主導で、デモをバンドに投げて精度を上げていく、もしくはそこで出たアイディアを僕が拾っていくって感じだったんですけど。でも今回は根本からバンドに頼った部分が大きいんですよね。それはそもそものリズムのアプローチの仕方もそうだし、ギターのカッティングに関しては、僕が弾くパートですら他のメンバーに投げてみたりしもして。それによって、自分でも知らなかった自分のよさ――メロとか歌詞の引き立て方がぽんぽん出てきたんですよね。それが自分にとっても凄く新鮮だったし、でもヒトリエとして3~4年活動を続けてきた中で彼らから自然と出てきたものだから、間違いなくいいんだろうなっていう確信もあったし。そういう、バンドの音楽的な部分でよかったところがまずある。そしてもうひとつは、メロや歌詞、歌だったりっていう部分で、まさに僕のパーソナルな部分が凄く直接的に出てきてるっていうことなんですよね。……去年『モノクロノ・エントランス』を出して、『シャッタードール』っていうシングルを出した流れの中で、僕自身が開けてきているって話をしたと思うんですけど」

■はい、そうでしたね。

「自分が今までよりも世の中に目を向けてる、お客さんのことを見ようとしてる、人とコミュニケーションしようとしてるっていう、それはこの1年フワッとあったんですけど、このアルバムが完成した段階でもの凄く具現化されたというか。今回はほぼ全部の曲の中に、自分と明確な対象がいて。今まで僕が組み上げてきた曲の世界っていうのはそうじゃなくて、完全に僕の中の想像で完結していて、他者を挟んでなかったんですよ。でも今回はそこに具体的な『あなた』だったり、『場所』や『もの』だったりがいるんですよね。その結果として、出てくる言葉がもの凄く自分の生活と密着してるし、思ってることを直接的に言えるようになった――それは凄く大きいんじゃないかなって」

■まさにそう思います。今までより心の中が直接的に出てきてますよね。

「自分に対して素直になったっていうのはありますね。僕は元々捻くれた人間なんで、斜に構えた姿勢が凄くあったんですよ。でもヒトリエっていうバンドの中だったり、ライヴで演奏して歌ってる瞬間に、自分に対して素直になれる部分が大きくなってきていて。それが結果、こういう創作にも結びついたんじゃないかなと思ってます」

■今のふたつの切り口をそれぞれ訊いていきたいんですけど。まずバンドのことで言うと、たとえば“後天症のバックビート”って曲が入ってますけど、音楽的に一番変わったのはリズムアプローチで、そしてそれが変わったことで全体の表情もメロディも変わっているという。今までは性急で前のめりなものがほとんどで、ミドルのものもオンビートだったけど、今回は黒っぽいバックビートもあるし、それこそナイル・ロジャース的なカッティングの、ディスコミュージック的なものもあって。

「一番最初に“後天症のバックビート”を出してくるのが、ほんとさすがですねとしか言えないんですけど(笑)。ウチらのアプローチとしてその曲が一番変わった曲なんですよね。それこそ元々全然違う形でデモを上げてたんですけど、バンドに渡した時に、曲の伝え方みたいのが『あまりにもいつもこれだよね』って話になって。それで1回根本から変えてみようってことで、アレンジをシノダ(G&Cho)に投げたんですよ。それで僕のバッキングのギターもシノダが考えて、それをハメて歌を歌ってみたら凄くよくて。リズムの抜け方とかは凄い陽気で明るいんですけど、そこにあのメロディと歌詞が乗っかった時の微妙な違和感が凄く心地よかったし、何よりやったことないものだから凄く楽しかった(笑)。で、その上で歌詞も書いて。だからこの曲はそういう変化が最初に起こった、かつ一番顕著な曲だと思うし、まさに『このバンドをやってきたからこそ新しい発見ができました』っていう曲なんです」

■これはアルバムを作っていく中で早い時期にできた曲なんですか?

「早めですね。元々デモとしては1年前くらいに僕が作ってたものなんですけど。それを引っ張り出してきて、メロがいいからやってみようかってことになってから、その手術作業を始めてできた曲で。なので当初予想していた完成形とはまったく異なったものになりましたね」

■たとえば“Swipe, Shrink”はステイするダンスビートがカッコいいディスコ的なアプローチの曲だし、ラストソングの“MIRROR”という素晴らしい曲も、ミドルの落ち着いたバラードなんだけど、中盤で突如ベースミュージック的な展開が入ってくるという。ここめちゃカッコいいよね。

「あれも突然生まれたんですよ(笑)。そもそもそのセクションがなくて、元々あった展開とサビをやって終わるっていう想定でいたんですけど、3人にアレンジを投げてスタジオに入ってもらう機会を設けたら、このセクションが加わって戻ってきて、『何コレ!?』って(笑)」

■なかなかこの流れにこれをぶち込もうとは思わないよね(笑)。

「僕は少なくとも絶対やらないですね(笑)。でもそれで『カッコいいじゃん』ってなって、そこに向けて改めて整合性を取っていってできたのがこの曲で。“Swipe, Shrink”はスタジオで自然とできた曲なんですけど、今回はバンドでできることに対して割とナチュラルになってみたんです。そういう中で自然と新しい彩りが見え始めるというか、新しいニュアンスを帯びてきて。そこを拾い上げてくのが今回は凄く楽しかった」

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text by有泉智子

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.18 by MUSICA編集部

GRAPEVINE、いつになく本音が零れた取材で
バンドの現在地と『BABEL, BABEL』をディープに語る

今はバンドの中に「もっと剥き出しで出せよ」感が凄いあるんですよ。
もっと自分が持ってるもんを出してこいよ、じゃないとバンドは続いていかないよ
という空気が凄いある。ほんまに凄いよ、無言のせめぎ合いが。一発触発ですよ

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.118より掲載

 

(前半略)

■私は今回のアルバムって、GRAPEVINEが自らGRAPEVINEという音楽の解体と再構築をやっているアルバムだと思ってるんですよ。バインってそもそも、ロックを中心に自分達のルーツにある音楽やその時々に興味のある音楽の解体と再構築を繰り返しながら、自分達の音楽を進化させ成熟させていくということをポリシーにしていると思うんですけど。その中で、セルフプロデュースでありながら非常に完成度の高い、ひとつの集大成と言ってもいい出来栄えだった前作『Burning tree』を作った後、その矛先を自分達自身に向けたんじゃないかって。

「ああ、なるほど」

■だからこそ『BABEL, BABEL』がこういう、田中さんの言葉を借りるなら「得意なタイプの曲ではあるけど、やり口としては今までやりそうでやってない感じの形」が随所に見られる、洗練されていながらも非常に冒険心の強い作品になったんじゃないかって捉えているんですけど。

「確かにそういう感覚はちょっとあるかもしれないですね。言われてみて気づいたんですけど。でも、海外のバンドも、キャリア重ねてる人ってそういう感じの人多いやないですか。その姿勢は見習いたいと常々思ってますし、そういう意味で僕は洋楽が好きなんだと思うんですけど。……これはもしかしたらどのバンドにも言えることなんじゃないかっていう気がするんですけど、たとえばバンドを若い頃に組んで、曲書く奴と詞書く奴がおって、そいつの明確なイメージがあって、それでバーッとそれなりの位置まで行きました、と。でもそうやって作る音楽の中には、『あれ? これって俺が本来好きな感じなのか?』みたいなことも、絶対に誰しもつきまとってるわけじゃないですか。で、そこで『これはこれでいいから、このまま突っ走るよ』っていうのが恐らくの通常のスタイルやと思うんですよ。我々もきっと最初の頃は、多からず少なからず、そういうのがあったんだろうなと思うんですけど。でも今はそうじゃないというか――今はバンドの中に『もっと剥き出しで出せよ』感が凄いあるんですよ。もっと自分が持ってるもんを出してこいよ、もっと自分の好きなもんを出してこいよっていう、無言のプレッシャーみたいなんが凄いある。じゃないともう無理だよ、バンドは続いていかないよっていう空気が凄いあるんですよ」

■それはお互いに対してっていうこと?

「そう。かつては遠慮してたり、出し惜しみしてたりしてた部分を――それはもしかしたら恥ずかしかったかもしれんし、『こんな場面に俺のこんな好みを……』って感じで出し惜しみしてたのかもしれんけど、そんなことやったら恐らくこれ以上バンドは続かないんだろうなっていう感じが凄くあるんだと思うんですよね。それはキャリア的にね。だから今はほんまに凄いよ、無言のせめぎ合いが」

■そうなんだ。

「相変わらずコントロールルームに行くと和気藹々としてるんですけど、でも確実にそういうスリリングな空気の中で作ってるところはある。ウチのメンバーって、みんなそれぞれ百戦錬磨とは言わなくても、実力のあるミュージシャンやと思いますし、それぞれがそれぞれに対して剥き出しでかかっていかないと敵わないんじゃないですかね」

■それ、かなり面白い話ですね。

「そうなのかな? 遠慮してたら置いてかれそうな感じがあるんよね」

■バインって、昔からずっと、独特の距離感と独特の関係性の中で成り立ってきたバンドだと思うんですよ。

「そうですね。こういうケースは結構特殊みたいね。みんな割と学生のサークルで仲よしな感じでやってる人か、あるいはめちゃくちゃ仕事ライクにやってる人達か。シンガーソングライターは特にそうやしね」

■だし、バンドって初期の頃にお互いを剥き出しにして突き合わせて、そこからだんだん大人な関係性になっていくケースが多いじゃないですか。でもバインはそもそもそういうところからスタートしてなくて。それが今この段階で、「お互いがもっと剥き出しにならないと、次はないんじゃないか」って思うようになったというのは、非常に面白いなと。

「大抵はみんな最初の頃にそういうことやってるもんね。……我々はたぶん、最初にみんなが背伸びしてたんだと思うんですよ。それなりにみんな音楽的な耳年増やったし、それぞれ『俺はそこらの若者じゃないぞ』っていうぐらいの感じで思ってたので(笑)。そういうプライドというか、そういうもんが、おっしゃるような独特の距離感みたいなもんになってた部分は凄いあったんやと思う」

■その空気が変わって、剥き出しで出せよ感が強くなったのはいつくらいからだったんですか?

「西川さんがイニシアチヴを取り始めてから、かな」

■ということは、前作の制作の頃からか。

「西川さんは演奏のジャッジには厳しいから(笑)。それも敢えて狙ってやってるんじゃないかって思えるぐらいなんやけど。で、俺はそれって凄くいいんじゃないかって気がしてるんですよ。もちろん厳しい面はあると思うし、自分も含めて、あるいは高野さんや金戸さん(Key高野勲、B金戸覚。両者とも長年のサポートメンバー)含めて、苦汁を舐めるメンバーはその都度いるわけですけども、でもピート・タウンゼントとかジミー・ペイジみたいなもんで、ああいうのがひとり立つと面白いんじゃないかなっていう気がするし。実際、あの人のギターとかサウンドの感覚ってほんまに凄いからね。日本人でああいうアプローチができる人はそんなにおらんのちゃうかなって思うし――」

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text by有泉智子

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.18 by MUSICA編集部

Galileo Galilei、
あまりにも唐突に告げられた活動終了の真相と、
ラストアルバム『Sea and The Darkness』で見せた真の姿――
そのすべてを赤裸々な肉声で綴る

終わらせるまでの時間っていうのは、
むしろ、逆に生きてる感じが凄いした。
一気に自分の周りの風景やメンバーといる時間に
色がついていくような、そんな時間を過ごせたから

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.92より掲載

 

■タイトルにも示唆されている通りとてもダークな、どうにもやるせない悲しみや憂鬱、虚無や憤り、孤独といったものが生々しく表されたアルバムなんですが、同時にとても美しく、バンドらしい作品だと思いました。Galileo Galileiのひとつの到達点であり、そしてその生々しさという点で実はこのバンドとしては非常に新しい側面をもった作品ですね。

「ありがとうございます。こういうのはあんまり自分で言いたくないけど、でも今回のアルバムは今のところの最高傑作ができたなって思ってて」

■これはそもそも、明確に終了を決めた上で作ったアルバムなの?

「そうです。というか、最初は作るつもりもなかったアルバムなんです。終了は、3年ぐらい前からじわじわと考えていて。最初はバンド名を変えようっていう話から始まったんだけど、少しずつ『いや、そうじゃないんじゃないか』って話になっていって……で、一度はミニアルバム(『See More Glass』)を最後にもうやめてしまおうって話になったんだけど」

■3年前っていうと、『ALARMS』の頃にはそういう意識がすでにあったということ?

「そうですね。だから『ALARMS』を作り終わって、『See More Glass』作ってる頃にはもうこれで終わりにしない?っていう話をしてました」

■Galileoを終わらせようという話になったのは何がきっかけだったんですか。3人になったこと? それともまったく別のこと?

「3人になったことは実は全然関係なくて。むしろ、バンドをスタートした時のメンバーであるこの3人以外の人間がいたら、また違った結果になったのかもしれないけど。でも、どのみち遅かれ早かれこういう話にはなってたんじゃないかなと思ってて。……Galileoって最初はみんなで集まってマリオカートをやるみたいな、そういう遊びの延長で、仁司(佐孝仁司/B)の家のガレージからスタートして。で、いつの間にかメジャーデビューまで凄い勢いで進んでいって――まぁ俺達自身に勢いがあったわけじゃなかったんだけど(笑)」

■閃光ライオットでグランプリ獲ってからデビューまで、周りからの勢いも凄かったし、トントン拍子にブレイクした感じだったよね。

「はい。だから、まだ10代で特に未来のことを決める間もなく、ミュージシャンっていう仕事を生業にするようになって。でも、その中で俺らは運よく音楽に人生を賭けたくなってしまった――子供の遊びだったことが、いつの間にか本当に人生を賭けてやりたいことになったんですよね。これに人生を賭けることでもしかしたら他の大事なものを失うかもしれないけど、それでも音楽がやりたい、音楽が本当に好きで、音楽に熱中することに生き甲斐を感じるような、そういう本当のライフワークになった。ただ、そうなってしまったことで――たとえ話になっちゃうけど、俺達はずっと、3人で子供の頃の遊び道具であるオモチャの車にずっと乗ってた感じなんですよ。で、俺達が大きくなっていくにつれて、その車はもう狭くて狭くて仕方ないっていう状態になっちゃったんだけど、でも、それでも俺達はそのオモチャの車が大好きで。Galileo Galileiってバンドが凄い好きだったし、乗り物として本当にお気に入りだったんです」

■窮屈だからといって、ひょいって簡単に捨てられるものではなかった。

「そう。ただ、凄い気に入ってたけど、でも同時に、いつまでもオモチャの車に乗っていることが凄く恥ずかしいって気持ちもあって。あと、それを言い訳にしちゃえる状況だったというか。無意識のうちにですけど、これまで曲を発表していく中で『だってしょうがないじゃん、この車ちっちゃいんだもん』っていう気持ちが少なからずみんなにある気がして。それでこのままじゃダメだと思って、3年前くらいに何か変化が必要だなと思って……それで俺は『バンド名を変えてみない?』って言ったんだけど」

■なるほど。それが終了っていう決断になったのは何故だったの?

「バンド名が変わったところで、きっと俺らが感じてる窮屈さだったり、寂しさは変わらないなって気づいたから。……なんか、ずっと懐かしさの中にいる気持ちだったんです。みんな大人になって進んでいくにつれて、子供の頃に大事だった場所とか思い出とかは過去のものになっていって、思い出すだけの記憶になっていくじゃないですか。でも俺らの場合は、ずっとそのセピア色の過去に囚われてたというか」

■それは、Galileo Galileiっていうもの自体が自分達の少年時代とイコールだった、その象徴みたいなものだったからだよね。

「そうだと思う。で、そういう想いが少しずつ積もって限界が来て、それで『バンド自体を終わらせよう』っていう話になった……だから正直、ここしばらくは『Galileo Galileiを終わりにしたい』っていう一心でやってきてたとこがあったんです。でも、自分でも不思議なんだけど、終わらせるって決めてから今に至るまでの間に喪失感はまったくなくて。もちろん苦しんだけど、この終わらせるまでの時間っていうのは、むしろ逆に生きてる感じが凄いした。一気に自分の周りの風景やメンバーといる時間に色がついていくような、そんな時間を過ごせたから。だから今は終わらせるってことに関してネガティヴな気持ちは一切なくて。もちろんこれから凄く大変な思いはすると思うけど、そのほうがいいとさえ思えてるし。俺達はここでオモチャの車を降りるけど、俺はそれを捨てたり燃やしたりはしないし、否定もしない。でも、そのオモチャの車はここに置いていく、それで俺らは次に行きたいなっていう、そういう感覚なんです」

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text by有泉智子

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.17 by MUSICA編集部

夜の本気ダンス、『DANCEABLE』でメジャーデビュー!
その源にある「妄想」を紐解く初のロングインタヴュー

妄想というか、想像だけで終わらせたい自分もいる。
というか、たぶんそっちのほうが勝ってる。
自分の中での妄想っていうものが
ピークになってるんじゃないかってどっかで気づいてるんですよね

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.68より掲載

 

■完全に状況が沸騰してきてる中、セカンドアルバムにしてメジャーデビューという重要なタイミングでリリースされるアルバムです。前半はアグレッシヴに踊らせる勢いのいい曲が並びつつ、全体通して見ると前作よりもニューウェイヴ/ポストパンク色の強いクールでタイトな楽曲も多いし、抑制されたダンスビート感や音圧勝負とは異なるグルーヴィな音像含め、今の邦楽フェスシーンとは違う、このバンドの洋楽的なルーツを感じさせる作品になったと思うんですけど。ご自分ではどうですか?

「全体を通してクールめな印象はあるかなって思いますね。作ってる最中はそうでもなかったんですけど。もうちょい楽しい感じの曲というか――」

■はっちゃけた感じの曲?

「そうですね、かっ飛ばす曲みたいなのが増えるかなとも思ってたんですけど。だから別にそういう曲はダメっていう感じでは作ってなかったんですけど、結果的にこういう感じのアルバムになって。このアルバムの中で言ったら“Crazy Dancer”が一番全体に向けたというか、キッズに向けてる曲ではあると思ってて。“Feel so good”も自分の中ではそういう気持ちもあるんですけど。でもクールな部分っていうのをバランス的に多めに入れてるっていうのは、全体を通してあるかもしれないです。8曲目の“Logical heart”なんかは、自分の中では一番ポストパンク・リヴァイヴァル時代の影響を出せてるんかなって思いますし、6曲目の“escape with you”や7曲目の“Feel so good”の感じはロックンロールが出せてるんかなって。元からそういう要素もあったとは思うんですけど、最近そういうところがやれてなかったっていうのがあって、そういう要素も今回出せたらなっていうことで6、7曲目は考えました」

■でも“escape with you”はかなり変態的な曲ですよね。ややアウトローなロックンロールが展開してるのに、サビはいきなりめちゃくちゃポップス性の強い、J-POP的なメロディがキラキラ羽ばたくという。

「そうですね、バッと変えるっていう(笑)。この6~7曲目はどっちも、僕がライヴでギターを持たずにピンヴォーカルでやれるようにっていうのを考えながら作ってて。9曲目のもそういう感じがあるんですけど」

■“Dance in the rain”ね。これはバックビートのセクシーな曲で、今までになかった要素ですよね。

「そうですね。これに関してはこういう曲をグルーヴィにできればこの先が広がっていくんじゃないかっていう、次の課題的なところもある曲で。今は作りたい曲で言ったら、こういうファンク的な感じが強いんですよ。リズムも単純な4つで打つ感じ以外も増やしていきたいなっていうのはあります。だからこの方向をもっともっとイメージした通りにやっていきたいなっていうのは思ってますね。だから最近はまたFranz Ferdinandぐらいの世代のバンドのCDを買い漁って、その当時聴いてなかったやつを全部買って聴いてたり。……前の健司くんとの対談(前号に掲載したフレデリック三原健司との列伝対談)の時も話したんですけど、フェスとかでもピンヴォーカルでのカッコよさっていうのを出せたら、僕らはもっとよくなるんじゃないかなって思ってて。そういうことを曲作りの時からちょっと考えてました。岡村(靖幸)ちゃんもそうだけど、たとえばイエモン(THE YELLOW MONKEY)もピンでやられてたじゃないですか」

■THE YELLOW MONKEYでの吉井さん(吉井和哉)はステージアクションも大きかったし、そこに華があったからね。

「“escape with you”はそういう感じもちょっとイメージはしてました」

■なるほど。この尖った洋楽ロック性とポップス性の融合というのは、確かにTHE YELLOW MONKEY的であるという言い方もできますね。

「はい。だから最後、アウトロの感じはちょっとイエモンっぽくしたい、みたいなところもあったし(笑)。自分達もどんどん大きいステージでやっていくようになって、そうなるとそういう見せ方が必要なんじゃないかなっていうのは最近よく思ってて。岡村ちゃんの影響ももちろんありますけど、ただただギターを持って歌ってるよりは、自分が自由に動き回る方向で見せていけたらもっと広がるんじゃないかなっていうのはあります」

■この1年でこのバンドを取り巻く状況は大きく変わったわけですけど、その中でメジャーデビュー作を作るというのはひとつ勝負のタイミングなわけじゃないですか。そういう意味において、そもそもどんな作品を作りたいっていう青写真やテーマはあったんですか?

「そこまでテーマは明確にはしてなかったんですけど、ただ、自分の中でのフルアルバムってこういう感じやろっていうイメージがざっくりとあって。それは音楽的なテーマというよりも曲の流れっていうか。最初はかっ飛ばして、間にちょっと違うタイプのポップな曲がありつつ、落としめというかクールダウンした曲もあって、最後また明るい曲で終わりたいっていうざっくりしたものはあって。で、そこにハメ込んでいったというか」

■今ってアルバムというものをさほど重視しない、自分達のベストアルバム的なものを作るっていう意識のアーティストもいるけど、米田くんはこだわりたいタイプなんですか?

「そうですね、『DANCE TIME』の時もそういうのは考えてて。でも絶対そうじゃないとダメみたいな100%理想みたいなのは全然なくて、目標としてそういうのをイメージするという程度ですけど。だから結果的に今回はこの感じに収まったっていう感じなんですよね。でも、『DANCE TIME』の時とフルアルバムに対するイメージは変わってないんですけど、また全然違う感じになったなっていうのは自分でも思います」

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text by有泉智子

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.17 by MUSICA編集部

flumpoolが3年半ぶりのアルバム『EGG』 で完全脱皮!?
メンバー全員インタヴューで劇的な飛躍を果たした要因に迫る

クソみたいな友情や愛情はいらねぇよっていうところをはっきりさせないと、
表側のストレートなものも響かないんじゃないなかって思って。
みんなにいい顔して、いいことばっかり並べてるって思われたくないし(山村)

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.60より掲載

 

■非常に異色な作品だと思いました。3年半振りのアルバムで、とても新鮮でもあると思うんですけど、まずはそれぞれ思うところからお聞きしていきたいんですけど。

阪井一生(G)「いやぁ、3年半って凄いなって。いい意味で30代の感じが出たアルバムだなと思うし、この3年半って個人的にも大きく変わったんで。デモを作る段階にしてもサウンドプロデューサーに任せるんじゃなく、こっち側で100%作ったもので足りないところを助けてもらったりしたんで、やりたいことを100%出せましたね。“夜は眠れるかい?”って曲があったからいろんな曲ができたっていうのもあるし、凄い自信作です」

尼川元気(B)「異色作っていうのは凄くわかります。……個人的にはこんなアルバムになるとは1年前は思っていなかったなって(笑)。少なくとも『FOUR ROOMS』の時は、自分達のルーツに根ざしたアルバムを作るんだろうなって思ってたんですけど」

■歌の力が強くて、生音を中心にした楽曲を集めたアルバムになるだろうと思っていたんだよね?

尼川「そうですね。原点に帰る1年にしようっていうのはあったんで。でもまぁ、結果的にはこういう逆なものになったんです(笑)。……『FOUR ROOMS』が原点の部分だとしたら、“夜は眠れるかい?”のような飛び道具的なところに凄く引っ張られたんですよね。それが結果的に人間っぽい音楽になっていったっていうか。たぶん、“夜は眠れるかい?”で『亜人』のタイアップがなければこのアルバムは絶対にできていないと思うんで。そういう人間っぽさを出せるバンドになったなっていう感じですかね」

山村隆太(Vo)「自分が思い描いていた30代の1作目とは真逆にいったなっていうのは、まずありますね。本当に真逆だなって(笑)。ずっともがいてるバンドだったけど、30代になったら落ち着いていくのかなって思っていたんで。でも、実際の俺らはそうじゃなくて、今でも楽しく音楽にトライできてるっていうのはあって。そういう地に足が着いていないハラハラする感じに自分達でもワクワクしたりするし。下手に丸まらなくてよかったなって。だから異色作って言ってくれるのも凄くわかるし、エラいもんできちゃったなっていうのが、正直な感想ですね」

■それは隆太自身が望んで突っ込んで行ったのか、もしくは結果論的にこんなのになったっていう部分が多いのかで言ったらどうなの?

山村「どっちなんだろうなぁ……凄く衝動的な部分はあったんで、それで言ったら結果論なんかなぁ。“とある始まりの情景 ~Bookstore on the hill ~”とか(のポップなバラード)も入ってるんですけど、アルバムに入れようか迷ったんですよね。今回のモードとは全然違っているんで。もちろん、根っこに流れている音楽としてはあるんですけど、それを今の時代が求めているのか、本当に今の自分達が鳴らしたい音楽なのか、って訊かれると、あの曲の世界のように穏やかでいられないことが多いしね。いいニュース/悪いニュースで言ったら、悪いニュースのほうが多かったし。なんかここで故郷のよさとか、そういう美徳を歌うのは違うのかなぁって考えたし。人とのつながりひとつにしても、理想とはかけ離れている気がして。そういうことを思っている中で鳴らす音楽って果たしてこのままでいいのかなっていうのがあったんです。社会や世間、友達との関係を見ててもクソみたいだなって思う時もあるし、そういう怒りのほうにベクトルが行ったんですよね。そういう感情の起伏というか、自分達からそういう感情を解き放ちたいっていうのが、このアルバムでは前に出たんで、全体像としては凄くロック寄りのものになったのかなって」

■これ、アルバムタイトル『EGG』っていうのは隆太がつけてるんだよね?

山村「そうです、僕がつけました。いいでしょ?」

■凄くいいと思う。決して丸くないアルバムが『EGG』っていうタイトルになっていることになんとも言えない感覚があって。

山村「そう、それが狙いです。誰もが知っていて、イメージできるものがいいなって。ただ、見方によっては『生命力』とか『殻に閉じ込められている』って意味もあるし、何が生まれてくるかわからないっていうのもあると思っていて。一生がいろんなことを楽曲でやっている分、入り口は広くとってあげたほうが押しつけがましくないのかなって」

小倉誠司(Dr)「今までのアルバムの中では一番好きなんです。今までのflumpoolって、明るくてきらびやかな作品が多かったと思うんですけど。この作品は、服を着ておしゃれをさせた感じではなくて、人間味の中での芯の強さを詰め込めた作品だと思うんで力強いアルバムになったなって。最初に一生が言ったように、自分達がやりたいことが形にできるようになってきたっていうのが発信源だと思うんで、そこからは雰囲気だったり、レコーディングの現場でそれを積み上げてきた感じですね」

■このアルバムはflumpool初めてのロックアルバムだと思うんですよね。たとえば、前のアルバム(『experience』)のインタヴューの中で、誠司が「この曲はロックふうに~」って言っていたりしていて。僕はこのバンドのスタンスはそういうことだと思っているんです。基本的にはポップミュージックを基準としているバンドで、アレンジとしてロックが入ってくる、何故ならばバンドだから。そういうのがこれまでの作品の構造だと思っていて。でも、このアルバムは基準値がロックアルバムで、そのロックアルバムをどこまでポップバンドとしてやり切れるかっていう作品なんじゃないかなって思うし、現実的に1曲目(“解放区”)と2曲目(“夜は眠れるかい?”)がきて、そして3曲目(“World beats”)はEDM要素が基本にある。それがこのアルバムを決定づけてるよね。

尼川「そこは一生のモードだな」

山村「元々一生は、イエモン(THE YELLOW MONKEY)が好きなんですよね。そういう一生の根本がプロデューサーだったり、俺の声だったりっていう事情で丸め込まれていたところはあって。その我が出せるようになったのは大きかったんじゃないかな」

阪井「別にロックが作りたいってわけではなかったんですけど。どういうアルバムにするか考えた時にアップテンポな曲とかを入れたいなって考えてはいて。……まぁでも、“夜は眠れるかい?”で自分のスイッチが入って、モードがそっち寄りになったっていうのはあるんかなぁ」

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text by鹿野 淳

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.17 by MUSICA編集部

TK from 凛として時雨、再び渡独――
『Secret Sensation』を前に、彼の奥底にあるコアを覗く

僕の中では、「音楽」っていう丸いものがあって、
その丸の周りに棘があるイメージがあって。
時雨の時はその棘が凄く鋭かったりすると思うんですけど、
自分では「音楽」っていう核の部分が全部見えてるので、
自分の作る音楽はずっとポップな印象なんです

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.86より掲載

 

■何を血迷ったか、今回の作品はBOBO(TKの作品を始め、MIYAVIなどとも世界を回る、愛嬌溢れる野獣スーパードラマー)とふたりでベルリンに行ってレコーディングしたという話を聞いたんですけど。

「いろいろ日本でやることはあったんですけど、そのタイミングでしかベルリンに行けないっていうスケジュールがあって、血迷ってBOBOを誘って(笑)。そこに合わせていつもより全体的にデモ作りの作業を早く進めたんですよね。レコーディングをギリギリではなく、こういう普通のタイム感でやったのが初めてだったので、これはこれでいいなって(笑)」

■時雨でベルリンに行かれたのって去年ですよね。今年に入ってから、「あのデヴィッド・ボウイで有名なハンザスタジオってどうだったの?」って訊かれることもあったと思うんだけど。

「そうですね」

■時雨に続いてソロのレコーディングでも同じスタジオを選んだっていうことは、よほど窓のあるスタジオ(このスタジオを選んだのは、デヴィッド・ボウイ云々ではなく、密閉され過ぎずに窓があって開放感を感じたからだと以前の取材で話していました)がお気に召したんですか?

「実際、窓から景色を見てる余裕はそこまでないんですけどね(笑)。前回の時雨の作品をハンザスタジオでレコーディングしたってこともあって、環境はもちろん単純にスタジオの鳴りがよかったっていうところが大きかったです。『es or s』も、あそこでレコーディングすることによって自分の理想としてる音だったり、理想とはしていなかったけど欲しかった音が掴めたんですよね。それをベーシックにして、このソロの音を作っていければ、より制作時にストレスがなく自由に作れるのかなっていう感じがあって。……僕は音楽性と場所を結びつけたことはなくて。たとえば、今回の作品は打ち込みの音が入ってるから、テクノの国のドイツに行ってテクノのエッセンスをもらおうとかそういうことは考えてなかったですし(笑)、『次回作は打ち込みを多く使って、ベルリンで録って、EDMの要素を入れて……』とか細かいところまで考えていたわけではなく、単純に前回録った時の音の印象だったり――元々時雨のレコーディングをハンザスタジオで行ったのも、僕がひとりでベルリンに行ってピアノの弾き語りを録ったところから始まってるんですけど、今回はあの場所でもう一度バンドサウンドとは違う音像を作ってみたいなっていう素朴な好奇心があったんです」

■今回の作品はTKのソロとしてとても新しい作品だと思うんです。確かに打ち込みの音も新しいけど、でも一番新しいと感じたのは音の面ではなく、「歌」だったんです。今まで以上に「歌が音としてではなく歌」として聴こえてくるし、歌の位相が大きいし、広くて太い。TKの根本的な音楽への向かい方含めて、表現の奥底に新しさを感じたんですよ。

「時雨を昔から知ってるエンジニアの方も『今回は歌が前に出ていて新しい』って、鹿野さんと同じことをおっしゃっていて。でも、僕の中では何かを意識して音を作ったわけではないんですよね。たとえばイントロを打ち込みで試してみようっていうのは決めてたんですけど……『今回は意図的に音のどれかを大きくしてみよう』っていう意識が生まれる前に音を作っていたんです。でも、別にバンドとの差別化で歌を大きくしたかったとか、言葉の存在感を大きく見せたかったっていうのは意識してなかったんですよね。歌に関しては……時雨のツアー中もそうですし、弾き語りのライヴでもそうなんですけど――『歌いたい』っていう想いよりも、『歌えない』っていう想いのほうが蓄積されてるんですよね。だから、フラットなところから『歌いたい』っていう欲求が生まれてるっていうよりは、自分では『まだまだ歌えてない』っていうコンプレックスがあるので、たぶんその反動で今回は歌ってるように聴こえるのかもしれないです。強く『歌いたい』って思ってるわけではないですけど、何かにしがみつくように声を出してる感覚は、年々強くなってます」

■一番最後の“like there is tomorrow”という曲がバラードになっていますよね。この曲は自らピアノを弾かれている、ある意味弾き語り的な要素が強く出ている曲なんですけど、この曲が一番「歌が音として鳴ってる」ように聴こえるんですよね。本来は弾き語りの曲のほうが「歌ってる」ように聴こえるはずなのに、頭の3曲の激しくダンサブルでノイジーなほうが「歌ってる」ように聴こえる。この感覚は凄く新しい。

「はははははは、その感覚は僕からしても不思議ですね(笑)。でも、自分ではどうして『歌ってる』ように聴こえるのか、まったくわからないんです。制作中ってずっと同じ音を聴いてるんで、作品が完成するまではある種トランス状態ですし、頭の中が真っ白なんですよね。そうやって真っ白な状態で作品を作ると、制作し終わった後に残る感覚もゼロなんですよ。作品の中に自分が意図していたものが介在していないがために、『ベルリンにBOBOと行った』っていう記憶だけが強く残るんです(笑)。景色や記憶はデザインとしては頭に残ってるんですけど、その中枢の意識の部分がすっぽり抜け落ちてしまってるっていう感じです。だから、果たしてこのソロで自分が進化できてるのかどうかまったくわからないんですよね。……さっきも言った通り、今回のわかりやすい音の面での変化はやっぱり打ち込みなんですかね? 今までも打ち込みは入ってたんですけど、今回はそれを敢えて今までとは違う形で出していて――たとえば、打ち込みを使ってる分量は今までと同じでも、打ち込みが印象的に聴こえるミックスにしたんです」

■そうですね、いきなりイントロで使ったり、打ち込みの音が大胆にメイクアップされてるってことだよね。

「そうですね。いつもギターで鳴らしてた音がシンセに変わっていたりとか、冒頭のリズムが打ち込みになっていたりとか、自分の中での音色の選択が変わったんですよね。だから、見え方としては変わったように感じるのかもしれないですけど、実は色を変えただけなんです。そういう意味では、よっぽど歌の出し方とかのほうが僕の無意識的なところで変わってるのかもしれないですね」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.15 by MUSICA編集部

SHISHAMO、『SHISHAMO 3』にてその真価を全面開花。
宮崎朝子に挑む全曲解説!

SHISHAMOを知ってる人が増えただけ、ライヴに来られない人も増えるって
考えたら、家にいたり歩いたりしながら曲を聴く人のほうが多くなると思って。
だから作品としては、ライヴでどうするか、みたいな部分を取っ払ったんです

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.40より掲載

 

(前半略)

プロローグ

 

■そんな宮崎達にとっての音楽を、これを読んでる人達にさらにわかってもらいたくて、今回は『SHISHAMO 3』の全曲解説をさせていただきます。まず、アルバムが完成してどう思いますか?

「とてもいい作品だと思います。その上で今回は、いい意味で『仕事』にできたんじゃないかなって思うところもあって。それは気持ちの部分の話じゃなくて、段階を踏んで作れたアルバムだっていうことなんです。結構ツアーを周りながらとか、武道館とかとも重なりながらのレコーディングだったので、全部がギューって詰まっちゃってるのがストレスになった時期もあって。だけど、そういう状況だからこそできた作品だとも思います」

■振り返ると『SHISHAMO』の時は、その時やれることを遮二無二やった時期だったんじゃないかなと思っていて。で、『SHISHAMO 2』は、SHISHAMOという編成の中でできること以上のことをやりたいけど、できることは限られているっていう、せめぎ合いを感じたんですよね。

「ああ、そう言われると『SHISHAMO 2』はライヴを重視した作品だったかもしれないです」

■でも今回の『SHISHAMO 3』では、SHISHAMOの音楽がSHISHAMOの形態に一切縛られてない自由さを感じたんです。「ライヴ重視」っていう部分も取っ払われて、アレンジに対して自由だよね。その点で、今作を作る時に考えた部分はあったんですか。

「1曲1曲が録音された作品としてのクオリティは上げたいとは思っていて。今までは、どこかでライヴのことを考えて『ここでこの音を重ねたら、3人の音で表現できない』とか思いながら作ってた部分はあって。でも、今回は――たとえば、SHISHAMOを知ってくれた人が増えただけ、ライヴに来られない人も増えるじゃないですか? そう考えたら、家にいながら、あるいは歩いたりしながら曲を聴いてる人のほうが多くなるのかなって思って。だから作品としては、ライヴでどうするか、みたいな部分を取っ払った感じですね」

■「ライヴをどうするかを取っ払った」と、自分で言えたことがよかったと思うんです。レコーディングして作品にするにあたって、3人で完結できるっていう点に誰よりもこだわっていたのが宮崎で。そこが振り切れたのは、何故だったの?

「SHISHAMOはワンマンが多いですけど、時々対バンもあって。その時に、対バン相手の曲を内緒でカヴァーすることがあるんですよ。たとえば、キュウソネコカミ先輩だったら2曲くらいカヴァーさせてもらってるんですけど。だけどキュウソは5人じゃないですか。鍵盤もあるし。でも、SHISHAMOではそれを3人でやらなきゃいけない――そうなった時に、3人のためじゃない曲を3人で表現する楽しさも少し掴めたんですよ。その楽しさがわかると、アルバムと同じようにライヴをやらなきゃいけないわけじゃないし、それでお客さんがつまらなくなることはないな、と思えたんです。いろんな曲を3人でお客さんに届ける術もあるんじゃないかなって」

■バンドのアンサンブルへの発想がガチガチじゃなくなってきたってことだよね。で、たぶんそれはこの11曲にも表れてると思うんですが。

「ああ、そうですね。……たとえば私、シンリズムくんの曲にコーラスで参加したりしてるんですけど、そのバンドが素晴らしい人達ばっかりで。これまで私は、バンドの音に対してはガチガチで決め込んで『ここでコレがないと、この曲の意味がない』っていう言い方や、やり方をしてきたんです。だけど、シンリズムくんのバンドの方々はみんな『好きにやっていい』って言ってくれるんですよね。で、みんなで自由に好きなことやって、それが合わさっていいライヴになるっていう楽しさを知ったんです。それは、SHISHAMOのライヴでは感じられない楽しさだったりして。そういう機会を通して、バンドへの考え方が緩くなった部分はありますね。で、そういう部分が出せたいい作品なんじゃないな、って思います」

 

(中略)

 

01.ごめんね、恋心

 

■これまでのアルバムの1曲目では、男性目線の曲をコンセプチュアルにやってきたよね。

「あ! 言われてみればそうですね!」

■それは吉川(美冴貴/Dr)が歌詞を書いていたことを含めて、ひとつの掟なのかなって思ってたんだけど、今回はそうじゃないオープニングで。

「そうですね。全然違いますね」

■1曲目にして、この曲はこの作品中で一番ビートが速い曲ですね。この曲を1曲目にした理由も教えて欲しいんですけど。

「これはもう、できた時に『1曲目にしよう』って決まってました。作った経緯は、たぶんいつも通り、こういうテーマの曲を作ろう!っていうのから始まって。そしたら、なんかいつもと違う曲になりましたね(笑)。この曲は前のワンマンツアー前になんとか形になったので、ツアーの1曲目にやっていたんですよ。それもあって『最初の曲』ってイメージが強くなったので、この曲は1曲目って決まってました」

■<もう決めた/私、人里を離れて生きてくの>で始まって、その言葉で終わる歌ですよね。もはや引退するバンドの解散アルバムみたいな歌詞で(笑)。さらに、恨みや妬みが速い曲の中で一気に語られていく言葉だけ見ると、まるっきり1曲目っぽくない。なんで、こんな歌詞が出てきたの?

「『携帯電話』とかをテーマに、その類の話の曲を作ろうと思ったのが始まりなんです。ちなみに仮タイトルは“山姥(やまんば)”なんですけど(笑)」

■なんでまた。

「<人里離れて>って歌ってるんで(笑)。でも、“山姥”で始まるアルバムは絶対売れないとは分かってたんで、ギリギリで変えました(笑)」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.15 by MUSICA編集部

BUMP OF CHICKEN、20周年突入!!
新たなページに刻む光の名曲集『Butterflies』を
メンバー全員5万字全曲解説で猛祝福!

“Butterfly”っていう曲のアレンジがどうとかっていうことじゃない。
思想とか、概念とか、そういうのは僕はまったく考えていない。
そうじゃないところで、ただただ音楽とイチャイチャしていたいだけなんです(藤原)

 

まずは紅白の話からでも始めましょうか

 

■まずは紅白を。今年の年越しの瞬間は、人生の中でも特別な時間を過ごされたと思うのですが。

直井由文(B)「僕らCOUNTDOWN JAPANから中継で紅白に出場させていただいて。ちょうどライヴの2曲目の“ray”で出させてもらったんですけど、その前に少しだけ中継を繋ぐための間があって、僕らはステージで少しの間を過ごしていたんですけど。たぶん、僕らが情けなかったんでしょうね(笑)。会場中から『頑張れ~!!!! BUMP~!!!!』って声の連発で、本当にありがたいなと思って。BUMP OF CHICKENを知らなかった人も、『初めて“ray”を聴いていいと思いました』とか新たな出会いが生まれたり。本当に貴重な経験だったし、本当にありがたいなと。もう今まで通り俺ら自身はただただ情けないんですけど(笑)」

■ヒロは?

増川弘明(G)「チャマの言う通りで。紅白は、何ヵ月か前、話を聞いた瞬間が一番緊張していたというか。やっぱり蓋を開けてみたら僕らができることっていうのは、いつもと同じことで。目の前にお客さんがいてくれて、一緒にそういう場を過ごせたのが凄く嬉しかったというか。あと僕ら、31日は(毎年)何かしら仕事はしているんですけど、ライヴとかは10年以上してなかったので。それができたっていうのは、久しぶりで楽しかったし。……不思議ですよね。まだちょっと、紅白がどうだったかっていう実感がないんですよね(笑)。でも前は、ライヴ終わってみんなヘロヘロだったし、終わったらすぐ帰りましょうっていう感じだったんだけど。今回は年越しの瞬間までみんなで一緒に過ごせたし、乾杯したりしてね」

■よかったね。ヒデちゃんは?

升秀夫(Dr)「やっぱりお客さんが凄くよかったというか。僕らはいつも(ステージの上から)凄い景色を観ているなぁと思うんですけど、それをああいうふうにたくさんの人が観るテレビに、お客さんと一緒に参加できたっていうのはよかったなぁと思っていて。自分達の音楽っていうのはもちろんですけど、あの場だったり、一緒にライヴを作っているっていう、今までやってきたことが、テレビの向こうに届けられたのはよかったなと思っています。観てくれた人から感想もらったりしたんですけど、『紅白出てたね、よかったね』じゃなくて『ああいう凄いことやっているんだね』って言ってくれたりするのは、凄く嬉しいなと思いました」

■フジはやってみてどうでしたか?

藤原基央(Vo&G)「テレビに出るっていうことは、目の前にいない人も聴いてくれるということで、とてもありがたいことだと思うんですけど、そこにやっぱり恐怖がありまして。どんなふうに聴いてくれてるんだろうかとか、テンションの温度差とかもあるだろうから、この熱量がちゃんと届いているんだろうかっていう不安はあるんです。先月(前号でのソロインタヴュー)もそんな話をしましたけど、当日もそんな気持ちを抱えたままで。それでもやっぱり、僕達は曲を然るべき形で鳴らしてあげたい、曲の役に立ちたいと思っているので、その場に臨むわけですけど、そういう不安は目の前のお客さん達が全部払拭してくれるんですね。ジャーン!って音を出して、それに対してのお客さんのリアクションが『何ビビってるんだよ、大丈夫だよ! 行けるよ! 自分の曲の力、信じろよ! テレビの向こうにも絶対届くよ!』って言ってくれているかのようで。あの場にいてくれたお客さん達の、飛んだり跳ねたりが、あの場にいなかったお客さんまでの確かな音の道筋みたいなものを見せてくれたというか、想像させてくれたっていうか。『ああそっか、大丈夫だ』と。もっともっと自分達の音楽の可能性を信じさせてくれて、結果、『目の前に居ない人達にもきっと届く』と思って演奏できて、それがとてもよかったです。本当にみんなに力を借りて、あの場に立つことができたと思いました」

■実際、皆さん、目の前にいない方々。たとえばご両親とか、遠い親戚の方とか、いろんなリアクションがあったと思うんですが。

升「ついこの間、父親が『ゴルフ友達が観てた』って言ってた(笑)」

直井「ははは、そういうの嬉しいよね!」

■それはまさに顕著な紅白リアクションだね。

升「どういう付き合いなのかもわからないけど、たぶんそういう人はライヴにも来ないだろうし(笑)、そこで引っかかって観てくれたっていうのがあったんだろうなって」

直井「『これ、升さんとこの息子さんだ』って思ったんだろうね(笑)」

升「(笑)それで『観たよ』って言ってくれたっていうね。父親的にそれをわざわざ伝えてくるっていうのは、あんまりないことなんだろうなって」

 

(中略)

 

1:GO

 

■この曲は新録の中でも割と早くでき上がった曲なんじゃないかと思います。

藤原「僕が書いた(シングルなどの既発曲以外では)順番としては、2番目か3番目だったと思うんですけど、アレンジを進めたのはこの曲が最初、みんなには最初に聴いてもらった形になりました」

直井「“GO”はもう、聴いた瞬間に『来ました! これが今回アルバムのリード曲だ!』ってハッキリ思って。僕、めずらしく散歩しながらイヤフォンで聴いたんですよ。そしたら画がバーンと浮かんできて……こりゃあいいな!っ。それでスタッフに電話して『俺、こういう画が見えた!』って言ったら、『あ、そうですか』みたいな(笑)」

■淡々と返されたんだ。

直井「いやいや、淡々とっていうか……ただただフラットな(笑)」

藤原「単なるひとつの意見としてね」

直井「そうそう。僕だって『こうしてくれ!』とか、そういうことを言いたいわけじゃない。『とにかく僕は感動した』っていうことをスタッフに伝えたんです。さっきも話したんですけど、ヒロとヒデちゃんと3人で集まって、お互い自分がこうしたいっていうのをひとつのプロトゥールスに入れて、徹底的に解放していってみよう、と。“GO”の時は、今のとまた違うバージョンも作っていて、それを1回藤原くんに来てもらって、聴いてもらって、『ここはハットがストレートになってノリがよくなったし、俺もこういう解釈もちょっと考えてたんだよね。でもどうなんだろう? 俺もわかんないや』っていう、みんなで議論できるような感想をもらって、藤原くんはまた別の曲のアレンジに戻っていくっていう。その(流れの)すべてが始まったのが“GO”です。このアルバムの作り方が決まったのが、この曲ってことだよね」

■今チャマが言ってくれたことって、たとえばBUMP OF CHICKENサウンドっていうものが確立する前にバンドがやっていくようなことなんじゃないかなと思うんです。つまり、新人バンドがファーストアルバムを作る時のようなコミュニケーションと会話を、僕は今聞いているような気がしたんだよね。

直井「説明すると長くなるんですけど……僕らガラパゴスバンドなので」

■(笑)確かに。

直井「日本で独自の進化を遂げた携帯電話を、今の若い子は知らないかもしれないんですけど、ガラケーって呼ぶんですけど。そのガラっていうのは、ガラパゴスっていう島の名前が由来なんですけど。そこでは独自の進化を遂げた動物達が……」

藤原「そこではね(笑)」

増川「ガラパゴスの説明をしなくてもいいんじゃない?(笑)」

直井「知らない人もいるかもしれないでしょう!? ガラケーって言っても今の若い子はわからないでしょ? 『僕らガラパゴスバンドなんです』って言っても『は?』ってなるでしょう?」

増川「そっか、意味わからないか」

直井「うん。だから、僕らって……『ガラパゴスバンドなんです!』」

■はい(笑)。

直井「さっきも話した通り、元々は4人は友達としていたんですよ。で、いろんなバンドの人と出会いますよね。20年もやってればいろんな人と出会いますよ。そしたらやっぱりバンドメンバーの成り立ちって、『俺がライヴハウスでヴォーカルやってて、隣町にすげぇギタリストがいるって聞いて、その時に誘ったのがコイツ!』とか、そういうのが普通なんですよ(笑)。音、音、音っていうのが合わさったものがバンドっていう。海外でもそうですよね。『あの地区であいつより早くツーバスが踏めるヤツはいなかったぜ。頭ひとつ飛び抜けていたあいつを俺が引き抜いたのさ。笑えるだろ、鹿野。ハハハ』みたいな(笑)。でも僕らはそうじゃなくて、ただ、仲よかっただけなんですよ(笑)。で、仲のいいやつらが音を出して、こんなのになっちゃって。だからアレンジの仕方も言ってしまえば独自で、音の録り方とかコードも独自で、それが今現在も進行形でね。……まぁ、セオリーはありますけどね。でも最近は、独自は独自なりに、悪い部分もいい部分も持ちながら、ガラパゴスバンドとしてここまで来ていて。メディアの出方も明らかに下手ですよね。メインストリームというものがあるとしたら、それとは異なる出方をしていますからね」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA3月号 Vol.107』

Posted on 2016.02.15 by MUSICA編集部

KANA-BOON、4人揃い踏みで踏み出す『Origin』を、
全曲解説で徹底追撃!

“スタンドバイミー”がなかったらアルバムは完成してないし、今の自分達もいない。
今まで詞を書いて自分が救われるっていうことはありましたけど、
バンド全体が救われたっていうのは初めてのことやった(谷口鮪)

『MUSICA 3月号 Vol.107』P.50より掲載

 

■まずは、完成直後だった前号の取材から3週間ほど経った今、改めてこの作品に対してどんなことを感じているか?から教えてもらえますか。

小泉貴裕(Dr)「最近、レコーディング直後とは音のカッコよさがどんどん違って聴こえてきて。自分ではパワー感のことばかり思ってたんですけど、その中にも繊細なタッチを使ったところが凄い出てるなぁって。本当にいろんな曲があるし、新しいって思うこともたくさんあると思うんで、反応がほんとに楽しみです」

古賀隼斗(G)「僕は……なんかこのアルバム、セルフスルメがあるじゃないですか」

■セ、セルフスルメ!?

古賀「スルメ曲かどうかを自分でわかる時というか」

飯田祐馬(B)「また新しい言葉出たで(笑)」

古賀「このアルバムはセルフスルメ感が凄い強くて。最初は世に出すのが結構不安な自分もいるっていう話を前にしたと思うんですけど、時間が経つと自信になってくるというか、それが楽しみになってくるというか。別にスルメ曲ってわけじゃないんですけど」

谷口鮪(Vo&G)「え、今全部ひっくり返した?(笑)」

飯田「セルフスルメやっぱ違ったってこと?(笑)」

古賀「………スルメ曲じゃないけど、自分の中でじわじわ自信がついていくことをセルフスルメって言ってもいいですか?」

谷口「知らんよ、そんなの!」

■(笑)ちなみに、古賀くん的にセルフスルメ度が一番高い曲ってどれ?

古賀「一番高いのは“オープンワールド”ですね。“オープンワールド”から“机上、綴る、思想”の流れが凄いセルフスルメです」

■なるほど。じゃあ飯田くんは?

飯田「古賀の後って嫌やな(笑)……でも古賀の言ってるセルフスルメ感って、俺、ちょっとわかって」

谷口「わかるんか(笑)」

飯田「うん(笑)。聴けば聴くほど感みたいなんは僕の中でもあって。“オープンワールド”は特に、できた時は別に珍しい曲でもないという感じやったんですけど。でも聴いていくにつれて堂々としてるっていうか、表情とか開けてる感じとか、歌詞の言い回しとか凄い新しいなと思って。この曲の歌詞って、この曲調じゃなかったらもっと尖って聴こえるはずやのに、この曲のメロディとか構成のおかげで受け手に対して棘のない状態でちゃんと伝えることができてるっていうか。そういうんはこの曲だけじゃなく、どれも1曲1曲どっしりしてるし、ちゃんと音楽を届けられるようになってるのかなって思いましたね。何回も聴いていくうちによりそう思うようになったし、自分でも気づくことができました」

■鮪くんはどうですか?

谷口「僕は今のところはまだ変わらないですね、前のインタヴューで話した時と。曲の感じ方も、今回は『この歌詞がこういう意味を孕んでた』みたいなことが理解できてるアルバムというか、自分でもそこら辺のちゃんと理解が進んでたから。『TIME』の時は、できてからの取材とかで『なるほど』って思うところがいろいろあったんですけど、今回はあんまりそういうのがない、イコール、そこに関して自分でちゃんとコントロールしながら作れてたんやなっていうのは思います」

■明確に想いや意味を昇華しながら歌詞を書けてた、と。

谷口「はい、そう思います。たぶんアルバムが出てみんなに聴いてもらったら自分の気持ちも随分変わるんやろうし、ツアーでアルバムの曲をやるようになったらもっと曲に愛着が湧いてくると思うんですけど。だから早くツアーに出たいなって思ってますね」

■OKです、では早速1曲ずつ紐解いていきましょう。

全員「よろしくお願いします!」

 

01. オープンワールド

 

■アップテンポで明るい、目の前の景色を切り開いていくような楽曲なんだけど、今までのKANA-BOONのそういうタイプの楽曲とは明確に違う、非常に新鮮な印象を受ける楽曲です。

谷口「アルバムに向けて、既存の曲を並べつつ作り始めた中の1曲ですね。この曲は最初のイントロのドラムパターンをやりたかったっていうのが一番デカくて。あと、サビのメロディに関しては僕がヴォイスメモで残してあったもので。だからイントロとサビっていうのが最初にあって作っていった曲。アルバムの1曲目っていうのは最初からイメージしてましたね」

小泉「こういう始まりで8ビートに戻るっていうのは僕も新鮮でした。最初はもうちょっとスーッと走って行くようなビートだったんですけど、作った段階で鮪に『パワーが足りない、もっとどっしりしたビートが欲しい』って言われて。その時、鮪に例として聴かせてもらったのが僕の中にはないビート感やったんで、結構難しくて。今回のアルバムは、まず鮪からパワー感が欲しいっていう提案があって、よりパワー感を出すためにドラムの音を変えていったり、(スティックの)振りを変えていったりってことが多かったんですけど、その始まりになったのがこの曲やったと思います」

■このドラムセットは――。

小泉「これグレッチですね」

■やっぱりそうなんだ。今まではYAMAHAメインだったけど、今回からグレッチも使い始めたんだよね。

谷口「やっぱグレッチよかったな」

小泉「ハマったな。僕の中ではこの曲みたいなキラキラした感じってYAMAHAのイメージだったんですよ。でも確かに、鮪のイメージのビート感にはグレッチが相当ハマッて。パワーはあるけど締まった音も出るし」

■同じパワー感でも、『TIME』1曲目の“タイムアウト”の重戦車のようなパワー感とは明確に違うよね。

谷口「『TIME』の時とは違うロックバンド感みたいなものは求めてました。勢いで前のめりでガーッて感じじゃなくて、もうちょっと動かない感じというか、山の如し的な感じでどっしりしたものを思い描いてましたね。他の曲もそうやけど、今回はやっぱりいろんなことしたいっていう気持ちが強くなってきたというか、それが一番の要因としてありました」

(続きは本誌をチェック!

text by有泉智子

『MUSICA3月号 Vol.107』