Posted on 2017.05.22 by MUSICA編集部

SKY-HI、新章開幕を告げるシングル『Silly Game』。
自身へのバイアスも受け入れ挑む、
新たな季節へ向けた揺るがぬ信念とは

 

ツイート見てても「AAAの人ガラガラだ、
やっぱりビバラにエイベックスはいらないってことだね」って(笑)。
「AAA」だし「エイベックス」だし、偏見の濃さを感じました

MUSICA 6月号 Vol.122P.90より掲載

 

(前半略)

■で、今回のシングル“Silly Game”なんですけど。『OLIVE』までの日高くんは攻めて攻めて、『OLIVE』でようやく包むっていう表現ができて、そこで武道館っていう集大成があって、ここまでがひとつのストーリーだったと思うんです。で、この曲はその後の一発目として、ここから先にもう1回世の中にミサイルを撃っていくような気持ちが明確に表された、新しいSKY-HIのキックオフ・ソングじゃないかなと思いました。

「まさに。おっしゃってくれたキックオフ的なイメージもあるし、でも地続き的なイメージもあって。『OLIVE』作ってる時はバンドの音像をイメージしながら作ってたんですけど、そのままそのツアーのリハで実際に生音でやって、バンドメンバーとのイメージの齟齬を直していくみたいなことをしてる時にこの新曲を作ってて。曲ができた後、編曲を誰かに振ろうかなと思ったんだけど、これはこのままいっちゃってバンドのみんなにただ演奏してもらえたらアリかもと思って。だからそういう作り方もあって音像としては地続きなところもあるんですけど、でも内容はやっぱり次っていうのはあって。『カタルシス』は凄いパーソナルなことで構成したし、パーソナルなことを踏まえての『OLIVE』はミクロとマクロくらいの違いがあって――でもミクロ=マクロなんだろうなっていう感じはしていて。武道館のMCでも『これからの世界平和を掲げる』って言ったんですけど、その第一歩は隣の人を愛することで、それって凄く『カタルシス』の延長だし、ゴールに『OLIVE』があって、LIVEがあって、ツアー『WE LIVE』があって。で、それができた後の、つまり生きること、死ぬこと、愛することの次に生まれるべきは闘うことだったんですよね。そういう意味でパーソナルな話も済んだ上で、改めて本当の意味で愛するとか生きるとかを歌って、その後『争いは避けて通れない』ってことを歌ったのは、ちゃんと次に行けたってことだと思っています。それがないと嘘になっちゃうから。『OLIVE』の中に“Walking on Water”っていう曲を入れて、ひたすら暴論を言い続けるみたいなのも自分にとって絶対大事なことというか、毒がないと薬じゃないとは思ってて。その序章を経て、“Silly Game”が生まれてきました」

■『OLIVE』っていうアルバムはさっき話してくれた通り、隣の人を愛すことによって自分も愛すんだっていう、要するに極めて近い二人称の物語だったと思うんです。この“Silly Game”の中では、<人が使う正義はトランプ/裏表隠し押し付けるジョーカー>っていう歌詞があって、この<トランプ>はカードのトランプというよりアメリカのトランプだと思うんですけど、それも含めて非常にテーマがデカくなったと思うんです。

「『カタルシス』収録の“F-3”っていう曲でもトランプのラインはあるんですけど、でもそこでは単にトランプタワーとかバブルの象徴のつもりで使ってたんですよね。でもそのキーワードがトランプ大統領まで成長しちゃって、ワードが成長するっていう奇跡的なことが起きてるんですよね(笑)。あの人ザ・ペンギンズ(バットマンのヒール役)みたいなルックスだし、我ながら気に入ってるラインだったんですけど――でも、これは『OLIVE』作ってる頃くらいからそうだった気がしてるんです。この前米津(玄師)くんと飲んでる時にちょうどその話になったんですけど、トランプの大統領就任っていうのはいい悪い関係なく、世界史において相当なターニングポイントで。そこから民主主義の崩壊とか、そもそも民主主義は幻想だったんだとか、そんな面倒くさい話をふたりでしてたんですけど(笑)、実際にそういう転機が今なわけじゃないですか。単純に生きてたら、今それを語らないほうが嘘になるなと思って。普通にニュース見てても、今から2020年のオリンピックまでの間って、たぶん世界の中の中間管理職・日本は、相当大きなポイントであるのは間違いがなくて、そういう空気が自然と出てるんだと思います。たとえばあんまり並びで語りたくないけど、大震災が起きた時って、みんな自分事だったじゃないですか。どんなに自分に直接生きる死ぬの危害がない人でも、自分事だったじゃないですか。そこで煽り過ぎ、煽らなさ過ぎとかっていうのはあると思うけど、それが出ないほうが不自然で。だから曲の作りとしては、プリンス然り80’sの西海岸の感じのテンションで、だんだんブラスとかがブライアン・セッツァー・オーケストラみたいな方向に膨らんでいって、それこそロックフェスでロックキッズでもロックできるもので、ちゃんと俺のDNAのブラックネスが内包されてるものを最初は作ってたんですけど。その頃の西海岸のロックとかダンスミュージックって、プリンスなんて<Go! Go! Let’s Go!>とか歌ってシンプルな強さがあって(笑)、でも同時に大西洋を隔てたUKのほうはもうちょっと殺伐とした曲が一世風靡してたわけで」

■ある意味、あの頃のUKロックって「サッチャー殺したいし、ついでに自分も死にたい」って言ってるような、メンタリティと曲ばっかりだからね。

「そう(笑)。だから2017年はそこら辺が結びついた曲を作っても許されると思って、バース2でポストパンクプロダクションを作って、ドラムにディストーションかけてやっちゃうっていうのもデモからなんとなく考えてて。そしたらどんなにダンスミュージックとして機能しててもテーマは思いっきし今の自分、社会におけるいち人間の言葉がいっぱい書けるなと思って。それでそういう内容の歌詞になっていったっていう」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA6月号 Vol.122』