Posted on 2017.02.16 by MUSICA編集部

米津玄師、巨大な才と創造性を発揮する
新曲『orion』発表。
彼の心の奥にある声を聞く

誰しも生きてるだけで美しいじゃないですか。
美しくない人間なんていないと思うんです。
それを無視したまま「自分なんて」とは言えないなって、今は思う

『MUSICA 3月号 Vol.119』P.54より掲載

 

(前半略)

■実際、『LOSER / ナンバーナイン』は、カップリングの“amen”も含め、三者三様に個性を放つ音楽的にアグレッシヴな作品群だったと思うんですけど。それに対して今回の“orion”という楽曲自体は、音像自体は今のJ-POPとは明確に一線を画した攻めたサウンドデザインなんだけど、でも歌詞にしてもメロディにしても、歌としては非常に普遍的なものになっていて。今話してくれたようなことを経て、今回こういう楽曲になったのはどうしてなんですか?

「そこはもう、完全に『3月のライオン』ですね。今回は『3月のライオン』に寄り添うためのもの作りをするべきであって、そこに対して自分が今こういうモードだからこうじゃなければならないみたいなものって必要ではないというか。そもそも『3月のライオン』っていう美しい物語を彩るための一端を担う音楽であるっていう、そのためにどうしたらいいのかっていうことを第一に考えるべきであって。それをちゃんとやり遂げた上で、アレンジ感としては自分が今やりたいものを忍び込ませるっていう、そういう考え方だったと思います。それで結果として、アレンジ感とかは今のJ-POPっぽくない、アニソンっぽくないものになったんだと思うんですけど……でも、結局それもメロディだと思うんですよね。そもそもメロディが美しければ何にでも耐え得る、どんなアレンジでもサウンド感でも成立するんですよ。そういう、メロディさえ美しければ後は何をやってもいいっていう考え方が自分の中には昔から凄くあって。だから“orion”に関しては、『3月のライオン』というものにただひたすら引っ張られて行った結果、気がついたらここにいたという感覚で」

■ということはつまり、この曲はメロディと言葉からできていった感じなんですか?

「そうですね、弾き語りで曲だけ作ってて。そもそも結構前からこの曲はあったんですよね。『Bremen』を作ってた頃からあったんじゃないかな。その時はこんなアレンジになることは全然想定してなかったし、こんな形になるとは自分ですら思ってなかったですけど。で、『3月のライオン』のお話をいただいた時に、自分の頭の中にあるいろんな音楽のストックから、こいつは凄く合うんじゃないかっていう感じで引っ張り出してきて。そこから『3月のライオン』の物語に寄り添う形で歌詞を書いて行って」

■この曲は主人公である桐山零の目線から描かれているようにも感じるんですけど。彼は幼い頃に家族を事故で亡くして、自分が生きる居場所を獲得するためには将棋で強くなるしかないという思いの下、嵐の中を必死に歩くように努力をしていくわけですけど。米津くん自身は、桐山零というキャラクターにシンパシーを感じますか。

「少なからず共通する部分はありますね。零くんは将棋ですけど、あの原作を読んでる限り、将棋と音楽って少なからず共通してる部分もあるんだなって思ったし。自分の性質だとか適性だとか……零くんってほとんど将棋をやるために生まれてきたみたいな子じゃないですか。そのためにずっとひとりで家に篭って勉強するわけじゃないですか。そういう感じは自分と似通った部分があるのかなと思うし、またそういう自分の適性に対していろいろ振り回されてる感じも似ているなと思うし。自分が将棋を深く愛してるが故に、いろんな周りの人間との軋轢があったりするわけじゃないですか。そういう生き方だとか、それ故に感じる心の機微だとか、そういうものはもの凄く身に覚えがありましたね。だから最初にエンディングテーマどうですかって言われた時は、これならやれるっていうか。自分と共通してる部分があるからこそ、彼の気持ちなら自分にわかるんじゃないか、それなら曲が書けるんじゃないかっていうのはなんとなく思ったんで」

■零くんの場合、自分の居場所がない、自分が必要とされていないっていう現実の中で、なんとか自分の居場所を見つけたい、誰かに必要とされる、価値ある存在でありたいっていうことを目指してひたすら将棋を打っていくわけじゃないですか。自分と音楽の関係性もそこに重なる部分はあるんですか?

「あぁ……そうですね。最初はひたすら好きだっただけなんですよね。零くんもそうだったかはわからないんですけど、自分の場合は最初はただひたすら好きだっただけのものが、だんだん社会と繋がる唯一の接点になっていって……音楽がなければ自分はどうなってたかなっていう感じは、やっぱり凄くあるんですよね。そういう点では零くんも一緒だと思うし。こういうこと、あんまり言いたくないんですけどね。音楽がなければ生きていけなかったであろうってことは、俺はあんまり言いたくないんです。たぶん、なかったらなかったで上手くやってたんじゃないかと思うし、そもそもそういう話ってあんまり好きではないんですけど。でも、音楽がなかったらどうなってたか想像つかないですね」

(続きは本誌をチェック!

text by有泉智子

『MUSICA3月号 Vol.119』