Posted on 2017.03.15 by MUSICA編集部

BIGMAMA、集大成的作品にして、
金井政人真骨頂の仮想現実『Fabula Fibula』完成!
メンバー全員&金井単独取材で本作を徹底解明
――Interview1:バンド全員インタヴュー

本能のアルバム。シーンの中でBIGMAMAはこうあるべきだとか、
そういうことを全部考えた上で、
自分達のフィールドで自分達のやり方で尖ろうっていう結論に達して。
その上で、本能で攻めていったアルバムだと思う

『MUSICA 4月号 Vol.120』P.12より掲載

 

Interview 1

バンド全員で語る、BIGMAMAという本能が

新たな発明として花開いた『Fabula Fibula』

 

■パッと聴くと非常にBIGMAMA的なアルバムだなと思うんですけど、じっくり聴くとこのバンドが凄く新しい場所へと行き始めてるなということを強く感じられるアルバムで。まずはひとりひとり、この作品に対する感想をもらえますか。

東出真緒(Vio)「前作の『The Vanishing Bride』が自分の中では凄く大きかったんですけど。それを受けてHYと一緒にやった1年があった上で、どうやって前作を超えていけるのか?ということが大きな課題としてあって。『The Vanishing Bride』は、初期衝動みたいなものが重なって生まれた作品だったんですね。実際、聴いていただいた方にも『初期衝動』とか『1枚目のアルバムみたいだね』とか言ってもらったりもしたし。そういう前作を超えていく時に……でも、やっぱり10年を経ているし、本当にセカンドアルバムに取り掛かる気持ちと同じようには作れないわけで、だったらもうあまり考えないようにしようというか、純粋に、素直に、自分が出したい音に向き合おうと思って。そうやって、音の鳴りたいままにという気持ちで自然体でできた作品だと思います。今回は自分が自分がっていう気張りもそこまでなかったし。そういう意味では、元々あったBIGMAMAのいい部分がもの凄く立ったアルバムだと思ってます」

柿沼広也(G&Vo)「僕も基本的には脱力してというか、自然体でできたアルバムだなと思っていて。このアルバムの制作って、2015年に“MUTOPIA”という曲ができたところから始まったんですけど」

■でも、“MUTOPIA”は全然脱力してない曲調の楽曲だよね?

柿沼「仕上がりはそうかもしれないですけど、作ってる時の考え方はかなり脱力していて。この曲ってギターもリフしか弾いてないし、音源としてこういうふうにしなきゃ!みたいな気負いも全然ない中ででき上がった、割と新しい形で作れた曲だったんです。それをライヴでやっていく中で本当にアンセムになっていったし、今までのBIGMAMAの曲達とは違う景色を見せてくれたところもあって。その中で自然と、ライヴでこういうふうにしたいっていう想いが募っていく中で、どんどん曲ができていったんですよね。……前作の『The Vanishing Bride』は力が入ってたんですよ」

■その力みをカッキーなりに言葉にすると、どんなものだったの?

柿沼「BIGMAMAはこんなに凄いんだ!ってことを提示したい、そういう力が入ってたというか。シーンの中でラウドなバンドやフィジカルが強いバンドが盛り上がったり、売れていく中で、『いや、俺らはそういうのもできるし、技術も全然負けてないぜ』っていう想いが個人的に凄く強かったんですよね。そういう気持ちが“Flameout”みたいな曲に反映されていって。でも一方で、もちろん“A KITE”みたいな綺麗な曲も作っていって……とにかくBIGMAMAのすべてを詰め込もうとしたアルバムだったんです。その結果、凄いアルバムができたんですけど、自分的には力が入り過ぎてたなと思って。それが“MUTOPIA”からこのアルバムへと進む中では、もっと自分が弾いていてライヴでこういう景色が見たいとか、みんながこういうプレイをしていたらもっと気持ちいいなとか、そういうナチュラルな気持ちで曲を作ることができたというか。だから今回、僕的には『これが弾きたいぜ!』とかって想いは全然なかったんですよ。そうじゃなくて、俺が弾いたギターを金井なりみんなが『あ、それいいじゃん、曲にしよう』って言ってくれたものを集めていったという。そういう意味で、僕自身は凄く自然体で力を抜いて作ることができたアルバムだと思ってます」

リアド緯武(Dr)「真緒ちゃんとかカッキーが言ったように、少し自然に、肩の力を抜いて作れたのかな。そうなれたのは、このメンバーになって10年続けてきて、フルアルバムも7枚目というところで、当然といえば当然ですけど自信がついてきたからかなと思いますね。自分のドラムにしても、昔はなんか癖のあることしなきゃとか考えたり、打ち込みに抵抗があって、リズム楽器はできるだけドラムで完結させなければ美しくないみたいな、そういう頑固な部分もあったんです。でも今は他のメンバーをより信頼することができているし、このバンドが作る音楽っていうものを一番に考えた上でドラムを叩けているというか。そういうスタンスで叩けば、頑固にこだわり過ぎなくてもちゃんと自分だけのドラムになるし、BIGMAMAだけの音楽になるという、そういう考え方になってきていて。その結果、全体的には力を抜いてできた作品かなと思ってます」

■と、ここまでの3人の話を聞いていると自然体の肩の力の抜けたアルバムだという話なんですが、金井はどう感じていますか。

金井政人(Vo&G)「僕は本能のアルバムだったかな。いろんなものを俯瞰して――ロックバンドとしてとか、日本の音楽シーン、世界の音楽シーンの中でBIGMAMAとはこうあるべきだとか、そういうことを全部考えた上で本能で攻めたアルバムというか。このメンバー構成で作った作品がCDショップに並んだ時に、自分達はどこを光らせるんですか、どこを尖らせるんですかっていうこと、あるいは自分の好きな海外のロックスターや日本の憧れていたミュージシャン、あるいは文学家に対して、どうやったら自分は勝負できるんだろうっていうことは、散々考えたんですよ。その結果、そこに対して正攻法で挑むのではなく、自分だけのフィールドを見つければいいじゃないか、自分達のフィールドで自分達のやり方で尖ろうっていう結論に達して。だからこそ、自分達の本能っていうもので攻めていったという。……作品におけるBIGMAMAの在り方って、この5人が奏でる音楽の中で、僕自身が誰にも思いつかない妄想を発揮することっていうところに醍醐味があるんじゃないかと思っているし、このアルバムはそれを最大限に発揮できたと思うんです。でも、だからこそ、みんなは自然体と言ったんだけど、僕にとってこのアルバムはちょっとモンスターな感じがあるんですよ。何故かっていうと、このアルバムって自分の才能をフルに活かし切ったものだと思うので、今のままの自分だったら食われるなと思ってて。アレンジのレベルにしても、ヴォーカルのレベルにしても、あるいは歌詞を書くセンスにしても、ここで俺自分 自身を1回アップデートしておかないと次が怖いなっていうのは、このアルバムを作り終えての率直な想いとしてありますね」

■このアルバムがモンスターだっていう部分は、ソングライティングをしていく中で感じていったものなんですか。それとも、何らかの確信犯的な意識があった上で達成したものなんですか。

金井「タイミングはふたつあって。“ファビュラ・フィビュラ”という曲を完成させた時と、すべての街がひとつの地図に収まった時」

リアド「確かに、“ファビュラ・フィビュラ”という曲は、まさに金井の言うモンスターに当たる曲というか。これを自分がいかに表現していくかはハンパなく大変だったんですけど、でも、その大変を当たり前にできるだけのレベルに自分がならないと今後この曲を扱えない、ライヴで表現し切れないなと思うような曲ができちゃったなと思うんですよ。そういう意味では今までにない部分をこのアルバムで出せたし、そういうのを1曲目に持ってくることによってバンドのアティチュードというか、まだまだ攻めていくんだってことをアピールしたかった部分はありますね」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA4月号 Vol.120』