Posted on 2017.06.16 by MUSICA編集部

エレファントカシマシの「今」を捉えた表紙巻頭大特集!
ニューシングル『風と共に』最速取材となる
宮本浩次インタヴューを奪取!

 

仲よしこよしでいれば、いいバンドでいられるわけではない。
僕ら4人もそうなんです。だからこそ、音でもう1回必死に
コミュニケーションを取ろうとするわけだし。そういう4人の姿も、
お客さんを鼓舞するものになってるんじゃないかと思う。

『MUSICA7月号 Vol.123』P.24より掲載

 

(前半略)

■“風と共に”は、デビュー30周年シングルとしての第一弾であると同時に、NHK「みんなのうた」の新曲でもあるわけですが。実は、宮本さんはイシくんやトミに出会う2年ほど前にひとりでレコードデビューをされてて。それが「みんなのうた」の“はじめての僕デス”という曲だったんですよね。

「そうなんですよ! 10歳の時でしたねぇ」

■そこから40年ぶりに「みんなのうた」を歌う、しかも今度はエレファントカシマシとしてご自身の作詞作曲で、というのが今回の“風と共に”になるわけですが。この楽曲、エレファントカシマシの今までの様々な曲の世界が走馬灯のように歌詞に散りばめられてますよね。

「あ、そうですか」

■え。<風の旅人>という言葉や<浮かぶあの雲みたいに>という言葉、あるいは“Sky is blue”を彷彿するフレーズだったりと、これまでのエレカシの旅を振り返りながらも変わらず前へ進んでいく、そういう30周年におけるファンへのアンサーソングのような感覚も覚えたけど……。

「ほぉ〜〜」

■そういう意図のものでは全然なさそうですね(笑)。

「そうですね(笑)。………僕はやっぱり、自分のことを凄く勇気がないと言いますか、流されやすいと言いますか…………というのは、さっきから言ってる他人のことが全然わからないってことでもあるんですが、瞬時にどうしたらいいのかってことがさっぱりわからないんですよ。たとえば、ここは怒ったほうがいいのか?とかもわからなくて、それで怒らなくていい時に急に怒り出したりとかするわけです。そのタイミングを図りかねるというか……まぁみんなそうなのかもしれないけど、自分はそう思っていて。で、たとえば『自由ってなんだろう?』って考えた時に……みんなやっぱり、ビビリながら生きてるじゃない? 僕はビビリながら生きてるんだけど、でも電車の中でみんなを見ていても、みんなもビビリながら生きてるんじゃないかなってなんとなく思う。それは、どうしたらいいかわからないからだと思うんだよね。本当はもっともっとみんなと仲よくしたいんだけど、だからと言って急に人に話しかけるわけにもいかないし、話しかけたからといって仲よくなれるとも思わないし。自分も傷つきたくないし他人も傷つけたくないから、ビビらざるを得ないんだけど。そうすると自由ってなんだろうなって思って………。でも人間、実は不自由な状態のほう、自分が思い通りにいかない状況のほうが逆に上手くいくってこともあるじゃないですか。たとえば失恋もそうだし飼ってるペットが死んじゃったとかもそうだけど、悲しみとか別れっていうものは人を凄い揺さぶるし、いい曲ができたりもする。抵抗がまったくない状態が自由かって言われたら、そんなこともないんだよね。だからそう考えるとなかなか難しいんだけど、でも、ここで歌ってる自由っていうのは『自分が本当にやりたいことっていうのはやっていいんじゃないか』って思ってる自由で。でも、一方でそんなことってあるのかな、そうは言っても何が本当にやりたいことかもわからないしなぁっていう、そんな想いもある。……という歌なんですよね、これは。だからつまり、自由と夢についての歌なんですけど」

■そうですよね。そうやって「風と共に」歩んだ30年間を総括しながら、それでも今ここからまた行くんだって歌っていくところが素晴らしいなと思います。

「………またちょっと話がズレちゃうかもしれないけどさ、たとえば同じ成功者でもクリントンさんとトランプさんでは雰囲気が違うじゃない。で、クリントンさんだとウォーレン・バフェット氏が応援演説に立つわけよ。たとえばオバマさんみたいに黒人で大統領になるっていうのはアメリカンドリームの成功譚の最たるものだし、クリントンさんが女性初の大統領になるっていうのもそう。で、ウォーレン・バフェット氏もどうやって金持ちになったかは知らないけど、でも成功譚のひとつなわけですよね。でももはや、そういう成功譚があまりにもひと握り過ぎちゃって、それを成功譚と思えない人達があまりにも増えてきてしまっている状況なわけで。そうなると、そういう自由とかアメリカンドリームの体現みたいな話よりも、そうじゃない正反対のものが共感を呼ぶんだよね。むしろ自由でも成功できないっていうことが、どれだけ息苦しいかっていうことをみんなが思っているという……成功できるっていう幻を見られている間はよかったんだけど、もう、今までの自由の成功譚っていうのが流行らなくなってしまって、というか説得力がなくなってしまったんだよね。それはアメリカだけじゃなく日本だってそうだし、世界中を見ていて感じるじゃない? ……まぁここで歌ってる自由は、その自由とは違うんだけどさ。でも、大きく自由というものを考えると、そういうことも考えてしまうわけです」

■そういう社会情勢だからこそ、こういう大きな歌を今作りたかったという部分はきっとあるんでしょうね。

「この曲を作った時はそんなこと思ってないです。むしろ、己自身の現況を鑑みるに、やっぱりいいとも悪いとも言えない自分がいてさ。何をやっていてもどうしたらいいのかわからないわけですよ。バンドが本当にいいのか、本当にこのまま続けていっていいのか……やっぱりそういうことは考えるわけ。でも、今我々はこうやってコンサートをやってツアーを周ることで、自分達の活動を肯定してもらってると僕は心から思えてるわけ。本当にこのコンサートをやることで、僕だけじゃなくメンバーも、自分を肯定できるようになったと思う。それは凄く素敵なことで。……やっぱり自分っていうものはわからないじゃない? だからいつだって迷ってるんだけど、でも結局、後戻りも先走りもしないで日々を歩き、そして死んでしまうんだ――っていうことを歌ってるんですよね、大袈裟だけどさ(笑)」

■大袈裟なんかじゃないよ、極めてリアルです。この曲は凄く託されているメッセージソングだと思うんです。で、多くの場合、メッセージソングってあなたへ投げかける形で綴られるんだけど、この曲はあくまでも「私」に向かって歌われていますよね。僕はそういうところにロックソングの原理主義的なところを感じるし、そのスタンスがこの曲を強くしているなとも思うんです。

「あー……そういう意味での自由もあったんですよね。自分ももう50だし、自分が本当にやりたいことってなんだろう?っていうさ。でも、みんなそういうことを思ってるんじゃないかと思うんです。で、これは言い方を変えると“奴隷天国”みたいにもなるし、“ズレてる方がいい”って言葉もそうかもしれないし、風と共に空を見てる自分もそうかもしれないし…………やっぱり人間は、自由ってなんだろう、ここじゃない何かがあるはずだって思っちゃうものだったりもするんだよねぇ」

(続きは本誌をチェック!

text by鹿野 淳

『MUSICA7月号 Vol.123』