Posted on 2017.08.21 by MUSICA編集部

never young beachのメジャーデビューアルバム
『A GOOD TIME』。ロックや歌謡曲の歴史に
新たな足跡を残さんとする安部勇磨の今に迫る

僕だって楽しければいいって思ってたけど、
本気でやらなきゃ楽しいわけないんですよ。
今ちゃんとやるかやらないかで将来の振れ幅が
変わってくる、僕はそれを信じてやってます

MUSICA 9月号 Vol.125P.84より掲載

 

(前半略)

■今回一番大きな飛距離で開けたのが“SURELY”なんですけど。これは今までになかった正面突破の8ビートで、歌詞も含めて非常に真っ直ぐに歌が空を駆けるような、凄く堂々としたロックソングで。

「これは意識してやりましたね。今までは“あまり行かない喫茶店で”とか“明るい未来”とか、ああいうリズム感のイメージがあったと思うんですよ。でも、あのリズムだけしかできないバンドになったらよくないなっていうか。そのイメージがどんどんつけばつくほど、後々やったら『なんだこれ?』ってなるだろうし、今のうちにできるぞっていうのを提示したくて。“なんかさ”も今回のリードトラックにできるかもと思ったんですけど、でもそれって、いい意味でも悪い意味でも今までの僕らと変わらないと思ったし。だから1回ちゃんと8ビートの癖のないリズムで、でもその中に僕らの癖をどれだけ出せるのかってところにチャレンジしたかったんですよね。で、歌詞も今までとはちょっと違うというか。僕自身はあんまり感じたことないですけど、僕の歌詞っていろんな人に『昭和感ありますよね』とか『ちょっと古びた日本語ですよね』みたいなことを言われるんです。だから“SURELY”ではそういうのすら一切使わずに、なるべく今っぽい言葉遣いをしたというか。それでも僕なりの柔らかさだったりは大事にして、言葉はすっごい選びましたけど。だから歌詞も凄く変えたつもりですね」

■昭和っていうか、今までは日常感の描写が安部ちゃんの手で触れられる範囲内というか、そこにある匂いとか体温を大事にした描写だったと思うんですよ。それに対して、“SURELY”はもうちょっと遠くまで飛ばすことが意識された歌詞だよね。同じような日常とか景色を共有していない人の生活にもアクセスできる言葉選びっていうか。

「だいぶそうですね。この歌詞、12ヵ月ぐらい考え込みました。こういう言葉には頼りたくないとか、この言葉を違う言葉で表現するにはどうしたらいいんだろうとか、今までの空気感に近いけど、でも違うみたいな絶妙なズレを出すためにはどうしたらいいか、すっごい考えました」

■この曲に限らず、今回のアルバムの歌詞は前を向いて次の場所へと進んで行くことに目が向いてる曲が多くて。前作はそれこそ“お別れの歌”っていう曲もあったくらい、終わりや別れが強く滲み出てたと思うんですけど、今回こういうモードになったのは、ここまで話してくれたバンドとして外へと向いてきたこと以外にも何か要因はあるんですか。

「あの時に完結したんですよね。ファーストとセカンドの時は母親が生きてたんですけど、あの時に亡くなったんですよ。否が応でもそういうのは意識しちゃうし、そうなると歌詞にもそういうものが出てきて。でも今は、母親は亡くなったんですけど、僕の周りにはメンバーだったりスタッフだったり、飼ってるワンちゃんだったり、大切にしたいものが溢れてて。それを大切にしなきゃいけないし守らなきゃいけないなっていう気持ちが強くなったというか。僕はもう両親どっちもいないんですけど、今はそういう人達が僕の家族というか、それくらい密接に繋がってるし大事にしたいという気持ちが凄く強くなってきて、それで考え方も変わったりしてきて。前はいつバンドが終わってもおかしくないと思ってたし、こいつクビにしてもおかしくないなとか思ってた時期もあったんですよ。でも今は、本当に大切にしないとヤバいというか。いつ終わるかわかんないから今本気でやらないと後悔するなって。飼ってるワンちゃんも、今10歳なんで、あと5回夏を迎えられたらいいほうだよな……とか、人間もそうですけどいずれみんな死ぬし、楽しい時間は永遠ではないし。常に終わりがあって次の楽しみに向かって行くから。だからこそ今本気でやらなきゃいけないなっていうのはより強く思ってます。終わりへの意識とか寂しいなって思う気持ちは今もありますけど、それを前みたいな書き方ではなく、もっとタフに遠くまで飛ばすためにどうしたらいいかって中で変わりましたね」

■このアルバムの最後の曲である“海辺の町”の最後の歌詞は、<トンネルを抜けたなら見たことない景色が/どこまでも広がって風に吹かれてたのさ>という言葉で締め括られるんですけど。これはひとつの終わりを表してもいるし、でも、その終わりよりも、その抜けた先の新しい景色、この先の新しい始まりっていうものを強く感じさせるエンディングになっていて。このアルバムで次の場所へと乗り出したネバヤンの、ここから始まる新たな冒険のスタートを告げていますよね。

「そうですね……まだちょっとソワソワしてますけどね(笑)」

■そうなの?

「納得はしたんですけど、納得して1周回ってまたソワソワしてきて。きっと今までの僕らと違うっていう人もいるだろうし、これで知ってくれる人もたくさんいるだろうし。何を言ってもらっても全然構わないんですけど、どういう人がいっぱいいるんだろう?っていうのは気になります」

■ネバヤンの持ってるポジティヴィティって、初期から今までずっとそうだと思うんだけど、楽天的なポジティヴィティではなく、寂しさや悲しみ、終わりっていうものをちゃんと受け止めた上でそれを笑顔に変える強さと優しさを持ったポジティヴィティだと思うんです。それが仲間内の小さなサークルではなく、より大きなコミュニティの中で発揮されるようになったのが今回の作品なんだと思う。だから変わったというよりも、本当に範囲が広がったっていう言い方が的確だと思うけどね。

「そうですね、ほんとに。なんか、人生わかんないことだらけですけど、ちょっとずつ自分の中でわかってきたこともあって。27年間生きてきて、どんどんドライになっていく自分と、どんどん好きなものをより好きで大切になっていく自分がいて。好きだからこそドライになっていくというか、助けてあげることもできるけど、それは目先の助けでしかないから厳しくなっていく、みたいなところがあるんですよね。メンバーもそうだし、聴いてくれる方に対しても、そういう助け方をしたくないんです。依存的になってしまう音楽ってあると思うんですけど、それは目先の助けでしかないので。音楽でちょっと背中を押すぐらいで、あとはその人が自分の力で自分の生活を豊かにして、自分の力で大切なものを大切にするっていうことが、その人の人生にとって一番楽しいことが起きる形だと思うんですよね。最近、イチロー選手のインタヴューばっかり読んでるんですけど、自分のことを律することができない人が他人に優しくできるわけがないって言ってて、ほんとそうだよなと思って」

(続きは本誌をチェック!

text by有泉智子

『MUSICA9月号 Vol.125』