Posted on 2018.03.19 by MUSICA編集部

新たなフェーズを突き進むMAN WITH A MISSION、
Take Me Under / Winding Road』最速取材にして、
挑戦的な過渡期を邁進し実りの時期を迎えつつある今を語る

今ハ新シイ「世界ノ崩壊」ヲミナサンガ目ノ当タリニシテル時代ニ来テル。
世ノ中ノ終ワリガ既ニ目ノ前デ起コッテイテ、自分達ガソノド真ン中ニイル、
モノ凄イリアルナ不安ガ世ノ中デ蠢イテイルノヲ肌デ感ジテイル。
果タシテソレヲドウ表現デキルノカ?ハ最初ノ着想ポイントデハアリマシタ

『MUSICA 4月号 Vol.132』より引用

 

■UKツアーからお帰りになったばかりで。

「ハイ、ツイ4日グライ前ニ帰ッテキタバカリデスネ」

■前回渡英した時よりもワンマンのキャパも上がっていっていて、着実に状況を上げていると伺ってるんですが、実際どうでしたか?

「メチャクチャイイツアーダッタト思イマス。最初ニUKニ行ッタ時ハキャパハマダ小サカッタンデスケド――」

———はい! 早速ですが、ここからは読みやすさを考えまして、筆者が滑らかな日本語に翻訳してお届けします! ではどうぞ!———

「今回が600人くらいかな。で、ありがたいことにソールドしたので。地道ではあるのかもしれないですけど、確実に爪跡残せているというのは嬉しい限りですね」

(中略)

■昨年11月に『My Hero / Find You』というダブルA面シングルを出し、この2月からはスカパラをフィーチャリングした新曲も配信になっているわけですが、4月18日には『Take Me Under / Winding Road』という、これまたダブルA面のシングルがリリースされます。つまり昨年の秋以降、精力的にリリースを重ねている印象があるんですけど、今はMWAMにとってどんな時期に当たるんだと思います?

「危機感を持った言い方をしてしまうと、バンドにとってちょっと過渡期というか。そろそろもっと違うことだったり、あるいは、今までやってきたものに対して何かしらの楔をきっちり打つ時期が来てるのかな、というふうには感じますね。ここ2年ぐらい新しいプロデューサーだったりアレンジャーといろいろな試みをしてきて、自分達の中ではいろんな実験をしてきたわけですけど。つまりここ何作かは、自分達自身に対しても、そして聴いてくれている観衆に対しても、実はちょっと投げかけというものをしていた作品だったと思うんです。だからこそ、その上でどっしりと、『これだ』っていうものを出す時期に来てるのかなっていう感じはしますね」

■今のお話はよくわかります。『Tales of Purefly』、『The World’s On Fire』という2枚のアルバム、特に『The World’s On Fire』は重鎮ドン・ギルモア、そしてショーン・ロペスという海外のプロデューサーを立てて、初期の頃のフィジカルでアッパーなエネルギーで観衆を巻き込んでいったのとはまた違う、音楽っていうもの、ロックっていうものが宿し得る奥深さと壮大さを自分達の楽曲に宿らせ、提示してきたと思うんですよ。

「そうですね、ほんとにそういう作品になったような気がしますね」

■今ジャン・ケンさんがおっしゃった楔を打つべき時期だというのは、そこで得た手応えをもってのことなのか、それとも特にここ2〜3年くらいで、MWAMが出てきた初期の頃とは音楽シーンの景色が変わってきている中で感じているのか、その辺りはどんな感覚なんですか?

「どちらかというと前者だと思いますね。『Tales of Purefly』、『The World’s On Fire』で、自分達が好きだったロックの深遠さや壮大さっていうものをこのバンドでやるとこうなるんだよ、というものをみなさまに見せつつ、自分達でも再確認していったところがあったんですよね」

(続きは本誌をチェック!)

text by有泉智子

『MUSICA4月号 Vol.132』

Posted on 2018.03.18 by MUSICA編集部

THE ORAL CIGARETTES、個別インタビュー連載開始!
第1回:ギタリスト・鈴木重信。
何も得られず、誰にも溶け込めなかったシゲが
「オーラルだけは失うのが怖かった」と覚醒する日まで

今になって思うと、求められることをほんまに欲してたんだろうなって。
何か突出してできることがなかった自分に対して、
求めてくれる人間がいなかったから。

『MUSICA 4月号 Vol.132』より引用

 

(前略)

■そもそもシゲは、このバンドに入る前からミュージシャンになりたいっていう気持ちを持っていたんですか。

「いや、まったく持ってなかったです(笑)。高校の時に軽音楽部に入って、楽器に触れるっていうのはそこが初めてだったんですけど……正直言うと、その時の環境に対しては『音楽やるってこういうことなんだ、しょーもねぇな』って思ってたんですよ。周りの軽音楽部のコミュニティの小ささとか、内々でやってることに対して『なんか違うな。なんか違うけど、まぁでもこの目の当たりにしてるものが、きっと音楽の世界なんだろうな』って思ってて。『きっと俺には音楽じゃないんだろうな』って感じてたんですよね。だから大学に入った時には、軽音楽のサークルや部活にはまったく入らずに、自分で好きな音をコピーしてました。当時はアコギだけしか弾いてなかったんですけど」

■昨日、このバンドのWikipediaを初めて見てみたの。そしたらそれぞれ影響を受けた音楽が書いてあって、シゲのところにDEPAPEPEって書いてあったんだよね。これ、本当なの?

「それはほんまっすよ! 大学の時にアコギで弾いてた曲はDEPAPEPEばっかりでした。今でも大好きですし」

■いい悪いじゃないの、素晴らしいユニットだし。ただ、シゲとDEPAPEPEという組み合わせが意外で。

「よく言われます(笑)。バックボーンにしては対極的過ぎるって」

■大体顔がDEPAPEPEじゃない。

「ははははははははははははははははははは」

■アコースティックに魅せられていたのは何故だったんですか。

「アコースティックっていうよりは、インストゥルメンタルに魅せられてたっていうのが大きかったですね。当時、声とか歌詞に惹かれることがそんなになくて。で、ギターが奏でるメロディに惹かれてたんですけど、その中でDEPAPEPEを聴いて『ギターでこんな美しいことができるんだ』っていう憧れを抱いて、そこに理想を求めてたのかなと思います」

■ということは、高校の時に軽音楽部に入って周りに幻滅しながらも、それでも音楽に対する興味と向上心はあったっていうことなの?

「そうですね。ただ、楽器に関心があっても、音楽に対しては全然まだ芽生えてなくて。そもそもJ-POPしか聴いてなかったですしね。でも、高校の時の友達に、洋楽も聴くし70年代〜80年代の音楽も教えてくれるやつがいて。テレビとかよりもライヴ中心に活動してるバンドのことを教えてくれたのもその友達やったんですけど、彼の影響で9mm(Parabellum Bullet)をコピーしたりUVERworldのライヴに行ったりするようになって」

■幼稚園、小学校、中学校と拓也と同じだったわけですよね。その間の音楽的な交流はどういうものがあったんですか。

「実は中学以降の交流は、音楽含めてまったくなかったんですよ。でも小学校まではよく一緒に遊んでて。小4、小5くらいの時に――」

(続きは本誌をチェック!)

text by鹿野 淳

『MUSICA4月号 Vol.132』

Posted on 2018.03.18 by MUSICA編集部

誰かのために歌いたい――真摯な想いの下に生まれた
THE ORAL CIGARETTESの新曲“ReI”。
敢えて無料配信にこだわり、聴いてもらうことだけに賭けた
その奥の奥にある想いをメンバー全員で語る

俺はそもそも、音楽で世の中が変わるなんて
綺麗ごとやと思ってきたんですけど、
“ReI”が『それは違う』っていうふうに番狂わせしてくれたんですよ。
自分も忘れかけていた音楽の力を感じさせてくれた

『MUSICA 4月号 Vol.132』より引用

 

(前略)

■この曲、だいぶ前から完成していたと認識してるんですが、これだけヒットしそうな曲なのに、無料ダウンロードという異常とも言えるリリース形態になっていて。ホームページに載っているメッセージを拝見する限りでは、この“ReI”という曲があっての「ReI project」であると。“ReI”の無料配信だけじゃなく、また新しいことが始まっていくという意識を感じてます。この曲ができたところからいろんなことがスタートした、その辺のことから全部教えてください。

山中「いつもインタヴューでも言ってますけど、僕は自分の心と会話するように曲を書いたり歌詞を書いたりしてきたんですね。それしかしたことがなかった中で、初めてと言っていいくらい、純粋な気持ちで誰かの救いになるような曲を!と思って書けたのが“ReI”だったんです。それが一番デカいんです。だからね、今までやったらこの曲が埋もれてる可能性もあったんですよ。だけどデモでみんなに送った時点で『これで伝わらなかったら、そのレベルの曲なんやな』と思えたんです。で、デモを送ったその日にいきなりマネージャーから電話があって、『この曲は凄い力を持ってる』って言ってもらって。『ちゃんと届いた』っていう確信になったんです。……それに対して、ミュージシャンとして責任を持つっていう意味でのお金の取り方をしてもよかったかもしれへんけど、それ以上に、とにかくこの曲が広がることのほうが大事やったんですよね。それが無料ダウンロードにした理由のひとつ。あと、たとえば熊本の震災が起こった時とかに『大丈夫ですか?』っていう言葉も大切やと思うんですけど、自分は『それよりもやるべきことがあるんじゃないか』って思ってた人間やし、今ならすぐ曲を書いてTwitterに流したっていい時代やと思うんです。それもあって、ただただミュージシャンがやるべきことをやっただけやから、対価も見返りも求めないですよっていう曲ですね」

■自分のためにしか曲を書いていなかった拓也が人のために曲を書くようになったのは、自分のことだけを書く自分が嫌だったのか、了見を広げたかったのか、圧倒的な契機があったのか、どうしてだったんですか?

山中「自分の心を180度変えてくれた人がそこにいて、変えてくれた人がいるなら今度は自分達が返そうっていうギヴアンドテイクの気持ちだけかもしれないです。この曲を作ろうと思ったのは、南相馬に行ったことが大きなキッカケだったんですけど……それまでは、震災、原発、戦争みたいに、自分が体験したことのないものに対してわかったかのように歌うのは無責任過ぎるとずっと思ってきて。で、そういう考えを持っている上で南相馬にライヴで行ったんです――」

(続きは本誌をチェック!)

text by鹿野 淳

『MUSICA4月号 Vol.132』